君への轍
驚いたけれど、見てはいけないものを見た気もして……あけりは、見なかったふりををして、再び前を見た。



舞台では、まさに今、美少年が膝を矢で射られていた。

……もちろん、本当の矢は使わない。

後シテが、左袖を巻き、高く挙げると、まるで手に持った扇を飛んできた矢のように自分の膝に突き立てた……だけなのだが、本当に矢が、膝を貫き、乗っていた馬に刺さったように見えたのだ。


何?これ……。

すごい……。


お囃子もうるさいぐらいに激しくて、合戦の混乱と、劇的なシーンを煽っている。

演技なのに、本当に霊が乗り移ってるのかと思うほどに、臨場感があった。



切腹は、柱のそば……つまり、あけり達からは、少し角度のついた場所だった。

能面は表情は変わらないはずなのに、……姿勢と声と、所作が、自ら死を選ぶ潔さを、神々しいまでに美しく輝かせた。


悲しいだけじゃない、いろんな想いが伝わってくるし、胸に渦巻く。

でも……とにかく、悲しい……。


あけりの瞳にも涙が浮かんだ。


……ふと横を見ると、聡は静かにハンカチを鼻に当てていた。

涙だけでなく、鼻水も止まらないらしい……。

音も立てず身を震わして感動している聡に、あけりはほほ笑んだ。


……うん……。

わかった気がする。

聡くんが、コレを楽しみにしていた理由。


確かに、すごかった……。

綺麗なだけじゃなくて……犯しがたい神聖なモノを感じたかも。



緊迫した舞台が終わり、シテが、そして他の演者も舞台から姿を消した。

そのまま15分の休憩に入った。



あけりは、息をついて、ハンカチで涙を拭った。

すぐに、話がしたい……。

横を向くと、聡もまた頬を染めて興奮気味にあけりを見ていた。

「どうだった?」

「すごかった……。」

聡の問いに、あけりはほぼ同時にそうつぶやいた。


うれしそうに、聡は何度も何度もうなずいた。



「引き込まれたわ……。私……正直、詞章を暗記してるわけでも、完璧に理解できてるわけでもないのに……言葉以上に、伝わってきたわ……。乗り移ってるみたい……。」

あけりがそう言うと、聡は顔を輝かせた。
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