君への轍
「実はあんまりこだわりないんだよね、師匠。その時、勧められたのを買っちゃうヒトだから。フェラーリを買っても全然走らせないから、バッテリーが上がっちゃって、完全にガレージの置物状態だし。」

「……フェラーリ……。」

さすが、タイトルホルダーになると、そんな車に乗っちゃうんだ……。

「うん。フェラーリ。その前がポルシェ。峠でガードレールにぶつけて廃車にしたって。」

「……はあ……。」

言葉が出ない。

しょーりさんらしすぎて……。



「さて、と。本当は一緒にディーラー巡りをしたいところだけど……。」

薫はそう言いながら、車を出した。

「……どこに行くんですか?」

あけりの質問に、薫はニッと笑って見せた。

「上賀茂神社。」

「あ……葵祭?これから?」

思わず時計を見た。

15時15分。

悠長な王朝絵巻でも、さすがにもう遅いんじゃないだろうか。


でも、薫はうれしそうにうなずいた。

「うん。問い合わせたら、行列の先頭が上賀茂に到着するのが15時半の予定だけど、遅れてるみたい。全部終わるのが18時過ぎらしいから、これから行っても充分楽しめるんじゃないかな、って思って。」

「そうなんですか!?」

驚いた。

そんな時間までかかるんだ……。


「……じゃあ、家に少し遅くなるって連絡しておきます。葵祭を観に行く、って。」

あけりは母のあいりのスマホにメッセージを送った。




規制と観光客だらけで時間がかかったけれど、16時には指定の観覧席に着くことができた。

運良く、勅使にも、斎王代にも間に合った。

雅楽の演奏とともに、豪華な平安装束の裾を引きずって歩く美しい行列に、あけりは感嘆の息をついた。

「素敵……。」

「うん。天気もよくて、よかった。」

薫はそう言って、そーっとあけりの肩を抱いた。


きゃっ!

突然で驚いたけれど……逃げるのもおかしいかな……と、あけりは黙ってじっとしていた。

緊張でカチカチになってしまったあけりの気持ちをほぐそうと、薫はもう片方の手であけりの手を取り、指を絡めた。


……きゃ~~~~!

あけりは、ますます固まってしまった。

頬が熱い……。


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