ほしの、おうじさま
星野君は心底嬉しそうにそう囁いた。


「後はひたすら、星さんに振り向いてもらえるように努力するのみ」

「え。い、いや、あの…」

「あ、とりあえずここを出ようか」


しかし星野君はハタと気付いたようにそう言葉を発した。


「早く戻らないと、お互いの上司に不審がられてしまうもんね」

「あ…う、うん…」


内心てんやわんやしながらも、ひとまず星野君の促しに従い保管庫を出て、自動で施錠する扉を閉めてから階段室へと向かう。

5階まで下り、「こっちへ行くと宣伝部、こっちは企画開発部」という廊下の分岐点に差し掛かった所で星野君は立ち止まった。


「今日は案内してくれてどうもありがとう」

「いえ、どういたしまして…」

「例の件、返事は急がないから」


星野君は私に真摯な眼差しを向けつつそう言葉を投げ掛けた。


「これからの僕をじっくり観察した上で、納得のいく結論を出して欲しい」


どのように答えるべきか迷っている間に、星野君は「それじゃあまた」と言って歩き出し、廊下の先へと進んで行ってしまった。

しばし彼の背中を見送ってから、私もマーケティング課へと歩を進める。

心ここにあらずのまま、課長に鍵を返し引き続き業務をこなしているうちに定時の時間となった。

更衣室までフラフラと移動し、室内に入った瞬間、ドッと疲れが押し寄せて来て、中に設置されている長椅子に倒れ込むようにして腰掛ける。
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