ほしの、おうじさま
「こんな時までそんな憎まれ口叩かなくたって良いじゃない!」

私は叫びながら思わず阿久津君に抱きついた。

「お、おいっ」
「よかった…」

だけどすぐにその激情は成りを潜め、代わりにこの上ない安堵感が沸き起こる。
自分でも驚くほどの感情の変化だ。

「阿久津君が無事で本当に良かった」

だって、阿久津君は私にとって、すっごくすっごく大切な…。

本当に大切な……。

……大切な、喧嘩友達だもん。

いつも人に遠慮して、言いたい事が言えなかった私が、初めて本音でぶつかれた相手だもん。
これから先、きっともうこんな人は現れない。
この世で唯一無二のかけがえのない存在だもん。
そんな貴重な人を失いたくなんかない。

「……分かったから、離せよ」

すると阿久津君は、彼にしては珍しく穏やかな、優しいトーンでそう囁いた。
思わずドキッとしながら顔を上げる。

「俺の声が聞こえたのか?」

「…うん」

その眼差しもとても柔らかい。

「何でだ?星野絡みじゃないし、大分離れていたのに」

「分からない。でも、そんな事もうどうでも良いじゃない」

阿久津君の無事な姿を確認できたんだから。

「それよりも早く逃げないと…」

言いながら、私は阿久津君の左腕を取って自分の肩へと乗せた。

「お、おい。何してんだよ」

「なにって、肩を貸すのよ」

「大丈夫だっての。一人で歩けるって」
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