ほしの、おうじさま
「嘘だ。さっき遠目に見た時、歩き方が微妙に変だったもん」

「とにかくこれじゃ余計に歩きにくいんだよ!」


何故か阿久津君は顔を赤らめ、強引に腕を振りほどいた。


「自分のペースでゆっくり逃げるから良いよ」

「そ、そんな悠長な事してたら煙に巻かれて死んじゃうじゃない!」

「死ぬ訳ねーだろ」


エキサイトして行く私とは対照的にどんどんクールダウンして行った阿久津君は、いつものようにぶっきらぼうに言葉を返した。


「何で避難訓練で命を落とすんだよ」

「……え?訓練?」

「そう。だからさっきの火災云々は架空の出来事」

「ウ、ウソだ~。それは毎年10月下旬にやるものでしょ?」

「研修の時に、急遽5月の連休前にも簡易な避難訓練を実施する事になったって総務課長が言ってただろ。資料にも書き加えておくようにって」

「……私聞いてない」


脳内を探ってみたけれど、そんな記憶は全く掘り起こされず、私はそう呟いた。


「確かあの時だよ。ほら、30分以上休憩をもらったけど、「やっぱり少し早めたい」ってなった事があっただろ。それを伝えに顔を出した際に、課長は避難訓練についても触れたんだ」

「え?だってその瞬間、私と阿久津君は階段室にいたじゃない」
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