それは許される恋…ですか
深くて優しい大人の声だった。
厚哉しか知らなくていい筈だったのに、どこか頼りたくなってしまう。


(ダメよ。厚哉だけがいいの……)


心の中で何度も自分に言い聞かせた。
これ以上の泣き声を発すれば、きっと白瀬さんは勘違いをする。


手で口を覆って声を止めた。
いい加減に泣き止め…と心に訴え続け、どうにか声が漏れるのを抑える。


「うっく…うっく…」


しゃくり上げるのを我慢して白瀬さんの腕の中から顔を起こした。


「すみません……」


そう謝る声が湿ってる。


「大丈夫か?」


覗き込もうとする白瀬さんに「平気です」と止め、手の甲や平で何度も目を拭いてから深呼吸を繰り返した。



「ご迷惑…お…かけしました…」


どうにも鼻声だけど、何とかその場を持ち直した。


「すみません…けど、もう少ししてからお店に出ても…いいですか?忙しくなる時間帯なのに…申し訳ない、けど……」


声が飛び飛びになって言いづらい。
そんな声を聞いてる白瀬さんも表情が渋い。


でもーー


「わかった。ちゃんと気持ち切り替えて来い」


そう言うと入ってきたドアから出て行った。
彼の言葉に靡かない態度を示した私に、少し立腹してるようにも見える。



「はぁ…」


白瀬さんが出て行って、やっと気持ちが落ち着く。
自分のことを情けないと思ったことは何度もあるけど、今日ほど大きく気持ちがブレたことはない。


(これも白瀬さんやチズちゃんが惑わす様なことを言うから…)


人の責任にしながら違うと否定もする。
私が一番許せなかったのは、多分、店長でもチズちゃんでも厚哉でもない。



(少しでも白瀬さんに靡きそうになった自分だ…)


彼が笑みを浮かべて他の女性と話しているのを見て落ち込んだ。
自分のことを見てると言ったのは嘘だったんだ…と思うと切なくなった。


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