空と恋と
プロローグ
騒がしく人が行き交う廊下。
入学してまだ間もないせいか浮き足立った空気が一層声のボリュームを上げているようだ。
そんな喧騒の中で自分を呼ぶ声が聞こえた。
声の方向を探して振り返ると、向こうから誰か近づいてくる。
西日のせいで顔が見えない。
だけど、確かに見覚えのある歩き方だ。

鶴田くんだ。
そう確信した刹那、彼が声をかける。
「吉野さんだよね?」
苦手なんだよなぁ、この人。いわゆるイケメンで、それをしっかり自覚してる。
早くも彼のファンクラブが出来そうな勢いで女子が彼にハマっていく。
現に今も彼が私に話しかけるのを何気なく聞いているピリピリした緊張感が伝わってくる。
「俺、覚えてる?中2の時に同じクラスだった、鶴田。でも、あんまり中学の時は話しなかったから、覚えてないかな?」
にこやかに笑っているけど、この笑顔の裏の顔を知ってしまったのだよ。その同じクラスだった時に。
私はある日突然、告白されたのだ。帰りに呼び止められて。まだ恋もわからない私には付き合うなんて、それはそれはハードルが高くて、断ったのだ。
その3日後、忘れ物を取りに教室に戻った時、教室から男子の話し声が聞こえてきた。
「鶴ちゃん、マジで伊藤と付き合ってるの?俺、結構伊藤好きだったのになぁ。」
え?鶴田くんが?
「なんだよ、早いなぁ。もうバレたのか。ははは。いや、告られたんだよね。断る理由が見つからなくてさ。」
モテ男的な発言は他の男子にため息をつかせる。でも、それ以上に色々興味があるようで質問攻めは止まらない。
「いつからなんだよー!」
「5日前からかな。」
驚いた。私に告ったのはなんだったんだろう?結構真剣に返事しちゃったじゃないか。
「あれ?でも前に鶴ちゃんって吉野良いっていってなかったっけ?」
そうだったのか、そんな素振りはなかったのに。
「え?言ってないよ。俺じゃないんじゃない?だって、吉野って確かに顔はいいけど、面白くなさそうだし、プライド高そうで苦手。」
・・・はい?
3日前に告ったのはどこのどいつだー!?
じゃあ、なにかい?私がオッケーしてたら、伊藤さんとは付き合ってなかったのかい?どういう思考回路なんだ?
でも、何にしても断ってよかった。そう思わずにはいられなかった。結局、忘れ物は取りに戻れなかった。その後も鶴田くんに対する質問はずっと続いていた。

瞬時にそんな思い出が蘇る。
何の用かはしらないけど、とにかく手短に済ませよう。嫌な思いはしたくないから。
「同中だから、帰り道一緒だね。」
と、言うと鶴田は並んで歩き始めた。
さりげなく一緒に帰るつもりなんだ。
さっきから周りの女子がなんとなくざわつく度に彼は嬉しそうな顔を見せる。隠しているつもりだろうけど、わかる。
「そういえば、俺まだ吉野さんのケー番知らないや。」
教えないや(笑)と、心の中でツッコむのが精一杯で、何と言って断るかごちゃごちゃ考えていた。

「あぁ、うん。わかった、じゃあ先行くぞ‼︎」
と、言う大声と共に横の教室からガタイのいい男子がタックルしてきた。
「きゃ!」
小さい叫びと共に尻もちをついた。
大きな手が目の前に差し出される。
「ごめん!急いでてよそ見してた。悪かった。立てる?」
優しい声の主は身長185センチを越える大柄な男子で、外見とは裏腹に優しく吉野を立てるように手を引き上げてくれた。
立った瞬間、足首に痺れのような痛みが走る。
「痛っ。」
心配そうに声の主は顔を覗き込む。
「大丈夫?保健室まで連れてくよ。」
そう言うと教室を振り返り叫ぶ。
「悪りぃ、悠斗!ちょっと保健室まで行ってくる。」
「わかったー。」と、教室から大声で返事があった。

「ごめん、鶴田くん。また今度。」
丁度いい言い訳が出来た。このまま保健室に行こう。声の主にしがみつくようにそっとブレザーの腕に掴まる。それに気付いて腕組みをして、体を支えようとしてくれた。
それがおおごとのように見えて、鶴田は諦めた。
「じゃあ、またね。」
足早に帰って行った。吉野から離れるとすかさず女子に声をかけられていた。

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