空と恋と
声の主
廊下を男子と腕組みしながら歩くのは初めてだ。
私は男子と付き合ったことがない。
もちろん女子とも。
改めて自分の置かれた状況を理解しようとするけど、恥ずかしさで消えてしまいたい。
騒がしい廊下の人々の視線を痛いほど感じるようで、俯いて歩くことしか出来ない。
気まずい、重たい空気を払拭するように声の主が話しかけた。
「俺、2組の井上 剣。つるぎって書いてケンなんだ。変な親父の趣味。さっきはサッカー部の練習を見に行こうと友達と約束してたから急いでたんだ。小学校の頃からサッカーばっかりやってたから。この高校には中学でお世話になった先輩もいるし、早めに行っておきたくて。」と、言いながらこちらに目線を落とす。
瞳がすごく綺麗。吸い込まれそうな茶色の瞳。低いけど優しい声のトーン、話し方が少し遅めのスピード。色々分析していたら、その間じっと彼を見つめ続けていた自分に気付いて目を逸らした。
恥ずかしい。それは彼も同じだったようで、よく見ると耳まで赤くなっている。
そうなると突然降って湧いたようにお互いを意識する。
急に緊張が走る。
それを吹き飛ばすように、今度は私が自己紹介をする。
「私は吉野 葵。部活は色々やってみたけど、続かなかったんだよね。最終的に私は人付き合いが苦手だって結論に至って。個人プレイな競技も文化部系も結局は部活って言う組織にいる限り人には接するからね。疲れたの。でも、有り余るエネルギーを何かで発散したいと思ってる。井上くんはすごいね、サッカーずっと続けてるなんて。」
時々視線がぶつかり、ドギマギしながらなんとか自己紹介は出来た。

それから、会話の糸口を探したけれどなかなか見つけられないまま保健室についた。
保健室に着く頃には腕組みが少し違和感なく出来るようになっていた。

「ありがとう、井上くん。またね。」
「俺のせいでごめんね。お大事に。」
そう言うと、彼はまた走って行ってしまった。

結局湿布を貼るだけの応急処置だけど、痛みはもうほとんどなかったし、何より鶴田と帰らずに済んだことが嬉しかった。保健室の先生とひと通り雑談を済ませ、帰ろうと思った頃急に廊下が騒がしくなった。
足音が近づいてくる。
そして、保健室の前で止まった。

「吉野さんってまだいますか?」
見知らぬ男子が自分を探している。
「私だけど?」
お!と言いながら近づいて来た。その後ろに井上がいることに気付く。そういえば、見知らぬ彼の声はさっきの教室で叫んでいた声と同じだ。
「ごめんね、ケンが怪我させたみたいで。俺、ケンの幼馴染の斎藤。足首なんでしょ?荷物持つから一緒に帰ろうよ。」
いかにもサッカー少年の彼は一言で表現するとチャラい。でも、どこか憎めなくて、親切そうで断る気になれなかった。いや、彼の誘いは余程勢いと覚悟がないときっと私には断れない。

一方的に一緒に帰ることにしてしまった斎藤に驚いた顔を見せたかと思うと、不安そうな顔で葵を見る。泣きそうな顔にも似て、笑いを堪えるに必死だった。

「ありがとう。でも、足はもう平気なんだ。荷物は自分で持てるよ。じゃあ、行こうか?」
斎藤は荷物持ちたかったのか少し残念そうな顔をしたものの、張り切って前を歩き出した。
井上はタイミングを見計らったように斎藤に気付かれないように、葵に声をかける。
「迷惑じゃなかった?あいつ、強引だからなぁ。迷惑だったら、俺うまいこと言っておくから、ムリしなくていいよ。」
「ううん。平気。」
そっか。と呟くと彼は微笑んだ。
その笑顔が眩しくて胸がキュンとなった。

帰りながらわかったことはマイペースな井上を斎藤は母親のように世話を焼いて来たこと。井上は斎藤に対して絶対的な信頼をしていること。2人は幼稚園からの付き合いで、どちらの母親も2人を息子だと言っているらしい。すごい絆を感じる。 葵の3つ先の駅が最寄りらしく、思ったより家が近いことがわかった。斎藤は井上の分までよく話し、井上は隣でただただ微笑んでいた。男子と楽しく過ごせることなんて滅多にないから、嬉しくなった。



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