黄金の唄姫と守護騎士はセカイに愛を謳う
ヘリオトロープが無言で窓から見える向かいの店の看板を指差す。
少し寂れた感じが伺える古びた看板には、武器屋、と書かれていて、旅人たちの次の来訪を気遣ってのことだろう、その下にうっすらとした文字で住所が書いてあった。
「『サイエルムナ』・・・?」
聞いたことのない地名に首を傾げる。
ヘリオトロープはもう興味を失ったように窓に背を向けていた。
「王都からいくらか下った海沿いの町だ。
田舎はやっぱり情報が遅いからな、まだ今なら俺達の顔は割れていないようだ」
なるほど。もう目立つ羽はないとはいえ、だから私たち2人がすんなりと宿になんて泊まれたのか。
でも、いつこの町に私たちの情報が流れてくるかわかったものではない。
早くこの町を立ち去るのが無難だろう。
窓のすぐ側を横切っていく渡り鳥を見ながらそんなことを考えていると、その間にヘリオトロープが再び席についてスプーンを手にとった。
「とりあえずどの程度情報が出回っているのか見に行くぞ。早く食べろ。一応量を減らしてあるんだからな」
じっと見つめられる視線に耐えられず、私は渋々椅子に座り直してスプーンを握った。
かちゃ、と時折ヘリオトロープが皿にスプーンをぶつける音を聞きながら、私はどうしても何かを食べる気持ちにはなれなかった。
食器に添えた左手首に光るアザレアピンクの革紐が日光を浴びて特有の光沢を放つのが視界に入って、私は動くことができなかったのだ。
口に出す勇気はないのに、どうしようもなくその色にあの人の姿を思い出してしまうから。