好きにならなければ良かったのに

「さあ、美幸案内しよう」

 幸司に手を引かれ二人の甘い時間を過ごす寝室へと向かおうとした時だった。

「幸司様、お伝えしたいことがございますが」

「そうか、誰か美幸を案内してやってくれ」

 幸司をそれだけ言うと美幸を使用人に任せて遠藤と言う男と一緒にどこかへと行ってしまった。
 幸司の姿が見えなくなった美幸は少し寂しそうな表情をしながらも階段を上っていく。3階までの階段の長さに少し疲れた美幸は途中で足を止めると階段に座りこんでしまった。

「悪いけど、喉が渇いたの。水が欲しいわ」

 少し我が儘だと思いながらも使用人に水を持ってくるように頼んだ美幸。新婚早々、旅行から戻ったその場からどこかへ行ってしまった夫の姿が恋しくて美幸はワザと水を運ばせようとしたのだ。

 使用人がいなくなると急いで階段を下りて行った美幸は、幸司が歩いて行った先の部屋を探し始めた。「この辺りだったわよね」とブツブツと呟きながらゆっくり歩いていく。

 すると、いくつか並ぶ部屋のドアの一つから幸司らしき声が聞こえてきた。

 美幸は幸司を驚かそうとコッソリそのドアに近づき中の様子を窺った。すると、そこからは誰かと会話をする声が廊下へと漏れていた。けれど、幸司の声は聞こえるも相手の声は聞こえない。いったいどこの誰と会話をしているのだろうかと美幸は首を傾げた。

「〇×△□※〇」

 幸司の声には間違いないがハッキリとセリフまでは聞き取れない。両親に新婚旅行の報告でもしているのだろうかと、気付かれないようにこっそりドアを手前に引いた。すると、嘘のように会話の中身がハッキリと美幸の耳まで届いた。

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