好きにならなければ良かったのに

「晴海、だから、しょうがないだろう。親父の命令なんだよ、俺の一生がかかっている結婚なんだぞ」

 美幸はドアノブを握っている手を見つめ乍ら、その扉の奥から聞こえる幸司の言葉を疑った。今、幸司はいったい誰と何を話しているのだろうかと。

「俺だってまだこの年で結婚なんて考えてなかったさ」

 幸司から結婚しようと申し込まれたはずだ。なのに、何故幸司は結婚を考えていなかったとそんなセリフを言うのか信じられなかった。これはきっと何かの聞き間違いか、何か他の事を話しているのだろうとそう聞き流そうとしていた。

「俺が愛しているのは晴海だけだ、信じてくれ。美幸は俺が会社の後継者になる為の条件なんだよ。だからアイツと結婚したんだ。」

 美幸はあまりの驚きにドアノブを掴んでいた手にグイッと力が入ってしまった。すると、ほんの僅か開きかけていたドアがぎーっと鈍い音を立ててしまった。

「誰だ?!!」

 幸司は持っていた携帯電話の電源ボタンを押した。そして少し開いたドアの方へと急いで駆け寄った。美幸は逃げ場のない廊下でどうすればいいのか悩んだものの、さっきの幸司の会話に足が震えて動けなかった。

「そこに居るのは誰だ?!いるのは分かっているんだ、今すぐに出て来い!」

 出て来いと言いつつも、幸司は既にドアを乱暴に開けていた。そのドアの横には壁に擦りつく様に美幸が立っている。その姿を見た幸司の口から舌打ちする音が聞こえた。

「ここで何をしている?」

 これまで聞いたことのない幸司の冷たくも荒っぽい物言いに、体が強張り動けなくなった美幸は幸司の顔を見るのも怖くなり壁に向かって俯いているのが精一杯だった。


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