好きにならなければ良かったのに
美幸の父親を見舞ったその後、駐車場に停めていた幸司の車に乗り、二人が向かった先は自宅ではなく幸司が望んだホテルだった。
生まれて初めて入るラブホテルに美幸はかなり興味深々で、部屋へ入るなりじっとしていなくアチコチへと行っては部屋の隅々まで探検している。
「凄い、こんなに広いお風呂なの? これってジャグジーかしら? それに、ベッドも大きいわ」
「美幸、大人しく座っていろ」
「でも、初めて入るんだもの。珍しくて、ね、これってなあに?」
洗面台に並べられているサニタリーセットの中に、美幸がこれまで見たことのない小さな四角い物を見つけ手に取る。
「中に薄っぺらいモノが入っているわ」
何も知らないということは、実に恐ろしいことで平気でそれを掲げては幸司にそれが何かを訊いている。幸司はそんな無知な美幸に呆れた様な溜息を吐きながら浴室へと入って行くと、蛇口を回し湯船にお湯を溜める。
「それはコンドームだ。俺達には必要ない」
その正体を知ると美幸は茹で蛸の様に顔を真っ赤にしてコンドームを床へ落とす。
さっきまではしゃいでいた美幸とは別人の様に固まって黙りこむ。
「そんなもの放っておいて、早く脱げ」
いきなり脱げと言われても、照明が点いた状態の明々とした部屋で、幸司を目の前にして自ら服を脱ぐなんて。そんなハードルの高いことは出来ないと、思わず服の胸元を両手で握りしめる。
まるで処女の様な反応を見せる美幸がもどかしくて、幸司は自分の服を脱ぐ手を止める。そして、美幸の両手を掴み胸元から引き離すと美幸の耳許へ顔を近付ける。
「恥ずかしがるな、お前の体の隅々まで俺は知っているんだからな」
囁くように言われると耳がくすぐったくて、ますます美幸の顔は真っ赤になる。幸司の顔を直視出来ずに、やはりここでも俯いてしまう。
「美幸、ここはラブホなんだぞ。お前もそのつもりで着いてきたんだろ? なら、そんな恥じらう態度は取るな。もっと大胆になれ」
「そんなこと言われても、私はこんなところ初めてだから……」
自分でそこまで言ってハッとする。まるでその言い方は『幸司は経験あっても自分は初めて』と、幸司が日頃、晴海とラブホテルを利用してきた様な物言いだ。
すると、やはりそう受け取ったのか、幸司は美幸の手を離すと洗面所から出ていこうとする。
「あの……」
「先に風呂に入れ」
「でも」
美幸に背を向けたまま立ち止まるが、幸司は振り返ろうとしない。美幸は思いきって幸司の背中に抱きつき「一緒に入ろう」と言う。