好きにならなければ良かったのに
「?! ま、待って!」
幸司の手がショーツにかかると、流石に美幸はその手を阻止しようとグイッとその腕を掴む。
「なんで?」
「自分で脱ぐから」
耳許で囁く様に言葉をかけられると、ますます美幸の胸の鼓動は高鳴る。ドキドキと五月蝿い音が幸司の耳に聞こえているのではないかと思えてしまう程に。
「緊張してるのか?」
そう言いながらフッと笑った幸司はショーツから手を離す。そして、美幸から一歩後ろへと下がりバスタオルを洗面台の方へ放り投げる。逞しい裸体を隠すことなく仁王立ちになり腕を組む幸司に美幸は目のやり場に困ってしまう。
恥じらいながら俯こうものなら、幸司の下半身がアップで美幸の視界に入ってしまう。かと言って、顔を上げたままでは羞恥心で胸が押しつぶされそうになる。
「早く脱げよ」
楽しそうに言う幸司に「意地悪」と文句を言いながら、美幸は目を閉じて自分のショーツに手を掛ける。瞼を閉じているのに幸司の熱い視線を感じる美幸は足元が覚束ない。見えない分だけ感覚が鈍くなりショーツを脱ぐ足がもたつく。
何とかショーツを脱いだ美幸だが、明るい照明の下に裸体を晒すなどとても耐え難い。
「……」
「風呂は気持ち良いぞ」
美幸は心臓が破裂しそうな程に胸が高鳴るのに、幸司は平然と美幸の肩を押して浴室へと連れて行く。そして、洗面器を持つと浴槽の湯を汲み美幸の肩から掛けてやる。その行為が厭らしいものでは無く、いつも普通に風呂に入っているそんな態度の幸司に美幸は逆に残念にさえ思える。
「自分でやるわ」
「いいから、今日は俺に甘えておけ」
幸司にこんな扱いをされたのは初めてだと思えると、夫婦なのにまるで恋人同士でラブホテルへやって来た気分になる。美幸はそれが嬉しいけれど、だけど、こんな行為を晴海ともやっていたのだろうかと思うと凹んでしまう。
背中にお湯をかけられる美幸は俯いては黙りこむ。そんな美幸を幸司は浴槽へと誘う。
「こっち来いよ」
先に浴槽へ足を入れた幸司は、立ったまま美幸の手を取り浴槽へと引き寄せる。
優しく微笑む幸司からつい美幸は顔をそむけてしまう。幸司と晴海のこれまでの交際がどうしても頭から離れない。嫉妬で胸が苦しむ美幸の瞳は少し潤んでいる。
「美幸、おいで」
美幸の悲し気な表情に幸司の言葉がとても優しくなると、浴槽へと引き入れた美幸を背後から抱きしめる。