好きにならなければ良かったのに
「泣いていたのか?」
美幸を包み込むように抱き締める幸司は、ウナジにかかる髪の毛を払いのけるように自分の頭を動かす。露わになった首筋に唇を重ねる幸司はそのまま動かずに抱きしめたままだ。
「……っあ」
首筋に感じる生温かい唇に、思わず声が漏れてしまった美幸は体がビクンと跳ねそうになる。もう、幸司の質問など頭の中には残っていなく、触れられる唇から伝わる熱に頭までもが侵されそうだ。
「少し目が赤い?」
唇を離した幸司が美幸の顎を掴むと、クイッと美幸の顔を自分の方へと向かせる。
今にも頬に触れそうになる幸司の唇に、美幸は更に体をビクンとさせ、かなり体が硬く緊張している。
美幸の滑らかな肌が鳥肌の様になっているのに気付いた幸司は、「寒いのか?」と言いながら美幸の肩を抱きしめ乍ら一緒に湯船へと腰を下ろす。
「え、待って……」
「お湯に浸かって体を温めよう。疲れもしっかり取るんだよ」
まるで別人の様な優しい口調に、これが本来の幸司の姿なのだろうかと美幸は頬が熱くなる。こんな幸司の姿を独り占めしてきたのは、これまで晴海ただ一人だったのかと思えると、美幸は急に悔しさがこみ上げて来ては、『晴海に負けたくない』と妙な闘争心が湧いて来る。
「温かい」
「気持ち良いだろう?」
湯船の中でもやはり幸司が先に腰を下ろし、その幸司に抱きしめられるように美幸が湯に沈む。背中に感じる幸司の熱い肌と湯船の温かいお湯とで、最高に心地よい気分を味わう美幸は、今のこの時間がとても幸せで、こんな幸せを逃がしたくないとそんな気持ちが湧きおこる。
「幸司さんも温かい」
「俺はさっき温まったからな」
「なのにごめんなさい。もう一度お風呂につき合わせてしまって」
幸司は、俯き加減で恥じらいながら言う美幸の髪の毛を、撫で乍ら一まとめにし片側へと押しやる。現れ出て来たウナジにチュッとキスをすると「美幸とこうしたかったんだ」と甘く囁く。
こんな甘い幸司は初めてだと、心臓がドクンと今にも飛び出しそうになる。鼓動がどんどん大きくなり脈も騒がしくなると、絶対に幸司に気付かれていると思えた美幸は、あまりの恥ずかしさに伸ばしていた脚を自分の体へと引き寄せ、体育座りの様になると自分の脚を抱きしめた。
「美幸、抱きつくところが違うだろ?」
フッと笑った幸司が美幸の腕を掴むと、自分の方へと美幸の躰を捻じりながら座り直させる。