好きにならなければ良かったのに
「元カレがそうでも俺は気にするよ」
吉富の言葉に顔を上げた晴海が両手をテーブルにつくと体を持ち上げ立ち上がる。そして吉富の前へと行くと投げ出す吉富の脚を跨る。
「晴海ちゃん、大胆だね」
眉間にシワを寄せ乍ら目を細め吉富の顔を睨みつける。気丈に振る舞いながら腰を下ろしたものの、やはり酔っている晴海の足はもつれ、そのまま吉富の太股の上に座りこむ。
しかし、晴海は吉富の「元カレ」発言が気に入らなく、吉富の胸倉を掴み自分の方へと引き寄せる。
「ねえ、大丈夫かい?」
「煩いわね。あんたって、どうしてそう癇に障ることばかり言うの?」
完全に目が据わっていても、晴海の思考回路はまだまだ正常時とはそう変わらなさそうだ。だからと、酒に酔っている晴海を相手にまともに返事をする気はない。だから、吉富はクスッと笑っているだけで何も言わない。
「気に入らない男だわ。言いたいことがあれば言えば良いのに。ったくウザったらしいのよ」
「俺、晴海ちゃんの味方だから」
――俺、晴海ちゃんの味方だから。
このセリフに聞き覚えのある晴海は掴んだ胸倉を離し立ち上がろうとする。しかし、吉富は晴海の腕を引き寄せてギュっとその柔らかな体を抱きしめる。
「俺、昔、晴海ちゃんに告った時言ったよね? 何があっても俺は晴海ちゃんの味方だからって」
そんな昔の事は忘れたと晴海は頭を横に何度も振る。しかし、あの時、入社してまだ間もない吉富に何度も告白されたのを思いだしていた。晴海の頭の中はあの時の映像が鮮明に映し出されている。
「酔ってる晴海ちゃんを誘うのは反則だとは分かっているけど。今夜は帰したくないな」
吉富の腕に力が入り、晴海の体がしなる程に抱きしめる。何年も思い続けてきた吉富もまた、この夜は心も体も晴海を欲しがっていた。
「うん、いいよ」
「本気にするよ? いいの?」
「ラブホテルへ行く? この先に素敵な所があるの」
吉富の肩に額をコツンと当てた晴海は、重々しい口調でそう言う。明らかに喜んで行きたいとは思えない様子だが、吉富は身を引くつもりはなかった。
だから……
「じゃあ、行こうか」
晴海の肩を抱き上げて体を起こさせると吉富自身も立ち上がる。吉富はテーブルの上の会計カードを取ると、足元に置いていた晴海の荷物を取り自分の脇に挟んだ。晴海は自分の荷物だからと吉富から取り上げようとすると、逆に吉富の手に捕まり晴海は肩を抱き寄せられる。