好きにならなければ良かったのに
計算を済ませた幸司は美幸の肩を抱き寄せながらラブホテルの部屋から出て行く。まるで、恋人同士を思わせる振舞いに美幸は幸せの絶頂にいる。
幸せに微笑む美幸の顔を見た幸司は、甘い時間を過ごしたこの場所を名残惜しみながらキスを交わす。
「ダメよ」
「誰もいないよ。美幸がおねだりするから時間オーバーしたんだ」
「私の所為なの?」
「ああ、そうだ。美幸が魅力的だったのが悪い。それに、他の客と鉢合わせすることはないから安心しろよ」
それは喜んで良いセリフなのかどうか美幸は少し困った顔をする。そんな困り顔をする美幸の顔を見て幸司は楽しそうに笑う。
幸司は意地悪と思いながらも、こんな意地悪ならいつでも受けて立つと美幸は幸司の腰に腕を回しギュっと抱きしめる。
すると今度は幸司が美幸の肩を引き寄せ顔を近づける。
「もうダメだったら」
「少しだけだよ」
完全にラブラブカップルの様に振る舞っている二人。そこへ隣の部屋のドアが開く。
他のカップルと偶然にバッタリと鉢合わせすることは珍しいと思いながら、幸司は美幸の頬に唇を当て乍ら隣の部屋から出て来たのがどんな女なのかと横目で眺めていた。
「ダメよ、ほら。人がいるじゃない」
「……」
美幸の顔から離れた幸司は、隣の部屋から出て来たカップルに目を奪われてしまった。驚きの表情を見せる幸司に美幸は知人でも出て来たのかと、隣の客へと視線を移す。
「幸司」
「……晴海」
出て来た客は晴海と吉富の二人だ。偶然にも隣同士の部屋へ宿泊をしていた。
まさかこんなことがあるのだろうかと、驚きで胸が押しつぶされそうになる晴海は幸司から目を逸らすと背を向ける。
「晴海ちゃん、行こう」
「……」
言葉にならない晴海の顔が青ざめているのが美幸の目には分かった。愛しい筈の恋人が居るのに何故他の男とこんなラブホテルへ来たのか、美幸には信じられない光景だった。
「俺達も帰ろう」
美幸の肩を抱きしめる幸司の腕に先ほどまでの力強く抱かれた腕は感じられない。そして、晴海と吉富の後ろ姿を見つめる幸司の瞳はとても悲しそうにも感じる。美幸の目には幸司の心は今も晴海にあるのだと感じてしまう。
部屋を出るまではとても甘くラブラブな二人だったのに、晴海と顔を合わせた瞬間に幸司はまた以前の様に恋人に心を奪われている。
その恋人が他の男とラブホテルで一晩泊まったのだから、幸司の辛い心情は分かるつもりの美幸だ。だから、抱かれる肩の手を退かすと幸司から離れ立ち止まる。