好きにならなければ良かったのに
そんな時、研修最終日に営業部で「後悔する人生を送りたくない」と言った時のことを、美幸はまるで走馬灯のように思いだす。
『私はここで働いて少しでも役に立ちたいし、もっと自分に出来ることをやりたいの』
『良いのか、それで?』
『私、頑張るから』
『午後からの研修を頑張ってこい』
あの時の幸司の優し気な瞳に胸が熱くなった。そして、幸司との距離も少しだけ縮まった様に感じた。あの時の感覚は間違いなく幸司の心に自分の気持ちが伝わったと確信出来た筈だった。
なのに、思いもよらない場所に晴海が現れただけで幸司との仲はギクシャクしてしまった。晴海という存在がどれほど大きなものなのか、改めて思い知らされた気分だ。だからと、美幸はすんなりと「どうぞ」と粗品を差し上げるように幸司を渡せるのだろうかと思い悩む。
大きな溜息を吐いて窓から外を眺めていると、窓のすぐ下に幸司の車が見える。そして、その車のところへ幸司がやって来た。
きっとこれから晴海のところへ向かうのだろうとそう思った美幸は涙が溢れそうになる。晴海に渡したくないなら何故「行くな」と言わないのだろうと。自分の馬鹿さ加減に悔しくなる。
それどころか、恋人の晴海の所へ行くように「追って」などと言うなんて。しかし、今更後悔しても遅すぎる。きっと追えと言った時点で、幸司に晴海との仲を認めたと言っている様なものだと、美幸はそう感じてしまったのだ。
(何してるのかしら?)
てっきり車で出かけると思っていた美幸だが、幸司は車のトランクを開けると身動き一つせずにトランクの中を見ている。いったいそこに何があるのか。暫く見ているが、三階にいる美幸にはトランクの中身が何かはハッキリとは分からない。
幸司は暫く動かずにいたが、ただ見ているだけで何もせずにトランクを閉めて屋敷の中へと戻って行く。
幸司が何を見ていたのか気になった美幸は、潤み始めた目をゴシゴシと手で拭い足早に部屋から出て行く。階段へ駆け寄る美幸は、幸司と顔を合わせないようにと慎重に一階まで下りて行く。
幸司とすれ違うことなく一階まで下りてくると、辺りの人影を窺いながらコッソリと玄関から出て行く。
幸司が見ていたものが何なのか、気になる美幸はしてはいけないと分かってい乍らトランクを開ける。そしてその中身を自分の目で確認するのだと唾を飲み込んだ。
「何、これ?」