好きにならなければ良かったのに
営業部全体での新人紹介を終えた新入社員は、それぞれの配属された課へと行き仕事を開始することになる。勿論、社長子息の幸司の妻である美幸も同じ様に他の社員らと一緒に配属された課へと向かうことになる。
幸司の父親はこの榊セキュリティ(株)の代表取締役社長であり、その息子の幸司は今は営業部一課課長という役職にある。この営業一課に配属された美幸は榊姓を名乗らずに旧姓の大石の名前を名乗った。
そして営業一課でももう一度、新人の紹介をすることになり営業一課全員が課長のデスクの前に集められた。今年度の営業一課の新人は美幸と男性社員の二名。二人は集まる先輩社員達の目の前に立たされた。
新人の顔をいち早く見ようと男性社員が集まる中、その営業一課の社員の顔を一通り眺めていた美幸はその中に知った顔の女がいることに気付く。
美幸の視線がその女性へと注がれるのに気付いた幸司が、早速新入社員の紹介を始めた。
「今年の一課への新人は二名だ、佐々木満君と大石美幸君の二人だ」
「課長! 今年の新人教育は私にお任せ下さい」
まだ課長である幸司が話している途中で見た目が随分チャラチャラした雰囲気の男が口を挟んできた。
さっきの営業部全体で美幸が自己紹介した時に「光彦」「吉富さん」と会話をしていたあの二人の内の「吉富」だ。
然り気無く美幸に視線を送るそのチャラ男の吉富は美幸と目が合うと目を細めニヤリと微笑む。
美幸は目を丸くして驚きを隠せないでいると、吉富は唇を軽く動かし何かを伝えようとしている様子を見せる。しかし、美幸には意味がわからず俯きかけると、そんな美幸目がけウインクを飛ばしてきた。
「なっ」
驚いた美幸は思わず声を上げそうになり両手で口を覆った。すると、ますます面白そうな顔をしながら吉富が投げキッスをし始める。美幸はあまりにも軽薄な行動につい俯いてしまった。