好きにならなければ良かったのに
「いや~可愛いっすね、美幸ちゃん。課長、私が今年は新人教育担当します!」

 いきなり挙手し軽薄な態度を見せる吉富を無視し続ける幸司は、吉富の隣に立っている如何にも真面目そうな表情をした落ち着いた男性へと視線を向けた。


「香川君、君に今年も新人教育を頼む、いいかな?」
「はい、課長。今年もお任せ下さい」
「えー、課長、今年くらいは私にもチャンスを・・・いや、徹底した指導を致します」
「そこまで言うなら佐々木君の面倒を吉富君に頼んでもいいが? どうする? 香川君」

 香川と呼ばれたその真面目そうな男性は落ち着き払った顔をするも吉富の顔を見ては溜め息を吐いている。そして重々しい表情をして見せては見下した様な目で吉富に目をやる。

 すると、吉富は新人男性社員の佐々木へ目を向けると両手を挙げて「新人教育は香川先輩に譲ります」と言って、実にあっけらかんとした態度を見せる。

 このチャラく見える男性社員は堂々とナンパするような年齢でもないだろうにと思いながら、美幸が不思議そうな顔をして吉富を見ると、再び目が合い何度もウインクと投げキッスが飛んできた。

 こんな社員もいるなんて幸司も大変だろうなぁと、幸司へと美幸の視線が行くと、そこには見た記憶のある女性社員と会話をしている二人の姿が目に入る。

 しかも、その女性は周りに社員がいるにも関わらず、歪んだ幸司のネクタイを直してやっている。

「課長、朝っぱらから当て付けないでよ。もう、ラブラブなんだから~」

 吉富は美幸が幸司の妻とは知らず平気な顔をして幸司に絡むが、普段からこんな調子なのか幸司は無視している。相手の女性は美幸の顔を見て微笑むと「では、大石さんの新人教育は私がしましょうか?」と、幸司へ甘えた声で申し出る。

「いや、今年も香川君に任せる。頼んだぞ、香川君」
「はい、お任せを」

 さっきまで無表情だったこの香川と言う男の顔がニッコリ微笑んでいた。その変わる表情に美幸の心がざわめいていく。

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