好きにならなければ良かったのに
「では、これにて解散」
幸司は美幸とは一度も目を合わせようとはせずに、直ぐに自分のデスクへ戻ろうとした。しかし、美幸ら新入社員は先輩社員の紹介もなく突然仕事をしろと言われても困ると感じてしまう。
「課長、先輩社員の紹介はないんですか? それだと私達新入社員は困りますが」
美幸の言葉に、各自デスクへ戻ろうとした社員らの足が止まる。美幸の言葉も尤もだと思った吉富が真っ先に食いついた。
「そうだよね、美幸ちゃんは俺達の名前知らないんだよね、じゃあ、まずは俺から自己紹介しよう! 俺は吉富隼人(よしとみ はやと)、二十七歳。恋人募集中なのでよろしくね!」
「・・・」
「私は香川幸一(かがわ こういち)、新人研修を担当します」
「宜しくお願いします」
香川の挨拶が終わると美幸ももう一人の新人の佐々木も一緒に頭を下げて挨拶をした。
「俺は戸田光彦(とだ みつひこ)、二十四歳、勿論彼女募集中です」
「どうも・・・」
吉富に続き光彦の挨拶もあまり歓迎したい挨拶ではなくそこそこに聞いていた。そして、次に女性らが挨拶を始める。
「相田美津(あいだ みつ)です」
「梅沢恵子(うめざわ けいこ)です」
二人ともさらっと挨拶をすると美幸も佐々木も軽く会釈をする。そして、幸司と仲良さそうにしている女性社員の挨拶が一番最後になった。
「日下晴海(くさか はるみ)です、主に課長の事務補佐をしています、よろしくね」
「宜しくお願いします」
課長の事務補佐と聞いた佐々木は直ぐに挨拶を返した。しかし、美幸はその名前にこれまでずっと苦しめられてきたのだと思うと会釈すらする気にはなれなかった。
『俺が愛しているのは晴海だけだ』
その名前は、四年前に聞いたセリフを思いだしたくもないのに思いださせる。「日下晴海」という名前を聞いただけで吐き気が起きそうになるし気分が悪くなる。もうあれから四年も過ぎたのに、それでも美幸はその言葉を聞くだけで拒絶反応が起きてしまいそうだ。