好きにならなければ良かったのに

 けれど、昨日の今日の様な状態で、直ぐに妊娠したとしてもあまりにも日数的に計算が合わない。きっと、精神的に落ち込む日が多すぎて月経不順になっているとしか考えられない。だから、美幸は頭を横に振っていた。

「そう、早く子どもを授かると良いわね」
「うん、そうね」

 母にはとても本当の事は言えなかった。幸司に離婚宣言したなんて。
 ただでさえ父親が苦しんでいるこんな状況で、自分の離婚話で更に辛い思いをさせたくなかったし、これ以上心配をかけたくなかった。だから、にっこり微笑んで、

「私も早く子どもが欲しいわ」

 そう答えていた。しかし、本当は自分の胸の中でもずっとそう思い続けていた。もしも、子どもがいれば幸司との関係も変わっていたのではないかと。けれど、子どもを盾に夫の気を惹こうとしても、お互いに愛情がなければ結局は破局へと繋がる。
 だから、これで良かったのだと美幸にはそう思えた。

「美幸、本当に大丈夫? 仕事と家庭の両立って大変なのよ。無理しないでね」
「うん」

 あまり長居すると幸司とのことがバレてしまいそうだと、美幸はそこそこに母親と話を交わすと病室から出て行く。
 病院から外へ出て行くと、すっかり空は真っ暗になっている。病院へ到着した頃は、まだ薄暗い程度で外の駐車場にも車の出入りがそれなりにあった。しかし、今はひっそりとして人影も殆どない。とても寂しい光景に体が身震いしそうだ。そして、微かだが気分が優れない。

「変ね、私、妙なものでも食べたかしら?」

 母親に問われて初めて気が付いたが、今月はまだ生理はきていないとバッグから手帳を取りだす。手の平サイズの小さな手帳をパラパラ捲り今月のカレンダーを見る。
 まだ月が変わってそれ程日数は経っていなく、勿論生理はない。前月のカレンダーへと目をやると、先月にも生理の印はなかった。

「まさか、病気かしら?」

 幸司とは最近こそ触れ合うこともあったが、以前は幸司の気の向いた時だけ別々の寝室で眠っていた美幸の許へやって来ては、幸司の気の済むまで付き合わされた。そんな関係の中で妊娠するとも思えず、しかも、滅多に寝室へやってくることもなかった。

「やっぱり妊娠じゃないわ。考えられないもの」

 となると、生理が二か月も来なかった理由は病気以外考えられない。父親の病気を思いだすと美幸は体が震えた。まさか、自分も子宮の病気なのだろうかと。急に怖くなった美幸はその事を誰かに相談したくても相談する相手がいないことに、目の前が真っ白になりそうだった。

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