好きにならなければ良かったのに
「課長って……、ええ? 大石さんって妊娠してるの?」
美幸の妊婦服に気付いた相田が更に大声を上げてしまう。
そして、晴海でさえ気づかなかった美幸の妊娠に、まさかと思いながらハッとして美幸の服装を目視すると、晴海は眉を釣り上げ乍ら幸司の顔を見つめる。
晴海の視線を感じた幸司だが、これまでのように晴海を気遣うことはしない。
美幸に寄り添う幸司は、今まで美幸の存在を隠す様に過ごしてきたが、もう美幸の存在を日陰の様にするつもりはなかった。美幸と共にある自分の一生を変えるつもりはないのだから。
「相田君、皆に知らせていなくて悪かったね。美幸は私の妻なんだよ。そして今妊娠してるんだ」
「ええ?! そうだったんですか? どうして、今まで隠してたんですか?」
相田が驚く様に、そして隠し事をしていたと言われる様に、確かにこれまで美幸の存在を公にしてこなかった。けれど、これからは皆には公にし美幸への理解を求めようと思った。
「これまで皆には悪いことをして来たと思う。それに、業務もそうだが、相田が良くやってくれていたのは知ってる。けれど、私の身勝手な事情でどうしても相田を評価出来なかった。申し訳なかった」
幸司は深く頭を下げて相田に謝罪する。すると、相田はますます目を丸くして頭を下げ続ける幸司に驚く。
「課長、頭を上げて下さい。そんな、課長にそこまでされたら……、私」
「いいじゃない。とことん頭を下げて貰えば」
鼻にかけた笑いをすると晴海は腕を組み、見もの見物でもするような態度をとる。そんな高慢な晴海を見て相田は少しムッとした顔をする。
「日下さんって本当に嫌な人ね」
「あら、そうかしら? 悪いことをしたら頭を下げるなんて当然のことよ。ね、そうでしょ、奥様?」
晴海は最後の最後まで美幸に「泥棒猫」と罵りたいのだろうと、美幸には晴海の気持ちが伝わってくる。しかし、何も知らずに結婚した美幸には、晴海にそんな扱いをされるいわれはない。
けれど、このままでは埒が明かないと美幸はベッドから下りる。
「美幸?」
心配そうにする幸司に笑みを向けると、晴海の方へと歩いていく。そして、晴海の前までやって来ると美幸も深く頭を下げる。
「夫の失態は妻の失態と同じ。この場を借りてあなたに迷惑をかけたことをお詫びします」
美幸はそう言うと晴海に深く頭を下げる。
「美幸! お前は何も知らなかったんだ。なのに、こんなことは止めてくれ」