好きにならなければ良かったのに
「俺は一人っ子にするつもりはないよ。美幸にはたくさん子どもを産んで欲しいって思っている。嫌か?」
美幸はまだこれからやっと一人目を産み育てていくのに。それに、まだその一人しか考えられない中に、沢山の子どもと言われても困ってしまう。なのに、幸司は真剣な瞳を美幸に向けている。
見つめ合っている美幸と幸司を見て、二人の仲に当てられると吉富は大きな溜息をついて茶化すように言う。
「課長のお宅って、結構おさかんなんですね……。いや、体力ありますね、課長って」
吉富は厭味たっぷりのつもりでそう言うと、幸司はそれに負けじと微笑んで言い返す。
「ああ、美幸は可愛いから一晩中でも抱いていたい」
美幸はあまりにも赤裸々な会話に幸司の背中に回ると顔を隠してしまう。そんな美幸にクスッと笑っている幸司の表情はとても柔らかく会社で見る表情をしていない。
美幸に微笑みかける幸司の笑顔が、これまで自分のモノだったのにと思うとやはり悔しさを隠せない晴海は、幸司らに背を向ける。
「バカバカしいわ。吉富さん、用が済んだのならさっさと帰りましょう」
「あ、ああ……」
返って来た幸司のセリフに驚いたのは吉富だけでなく相田も同じで、どう反応したらいいのか困ってしまって顔を赤らめる。
まさか幸司の口からそんな甘ったるいセリフを聞かされるとは思っていなかったし、晴美を前にして言うとも思わなかった。それは吉富だけに限らず事情を知らない相田でさえもそう感じていた。それだけに驚きで目を丸くした。
けれど、結果としてはこれで良かったのだと吉富は素直にそう感じている。晴海には多少辛い思いはさせるが、それでも既に恋人は結婚し妻との間に子どもが出来たのであれば、晴海は幸司との未来はないのだから。
晴海は幸司と美幸の幸せな夫婦の姿が辛いのか、背を向けたまま顔をそむけてしまっている。いつまでも同じ空間にいさせるのは可哀想だと、吉富は幸司に仕事の話を早く終えようとする。
「一応報告は終わったので今日はこれで帰ります。例の企画のプログラムは今、システム部と打ち合わせ中ですからご安心下さい、課長」
「すまないな、吉富。今回の仕事はお前に任せる。チームリーダーとして私が復帰するまで頼んだぞ」
「お任せください」
それだけ言うと吉富は晴海の肩をポンと叩いて病室から出て行く。二人の後に次いで相田も、深く一度お辞儀をすると病室から出て行った。