好きにならなければ良かったのに
病室から出て行った晴海らを見送った幸司は、大きな溜息を吐きベッドへと戻る。
ベッドへ腰かけた幸司の隣に美幸も腰かけると、俯き加減な幸司の顔を覗きこむ。
「どうしたの?」
「ん? いや、その……」
下から覗き見る美幸の顔を見て、幸司は少し悲し気な表情をする。
「晴海さんの事、やっぱり気になるの?」
少し不安気な顔をして言う美幸に幸司はハッと顔を上げて首を横に振る。
「俺はもう何とも思っていない。本当だから信じて欲しいんだ」
「うん、信じる。幸司さんの言葉なら信じる」
瞳を潤ませて幸司の顔を見つめる美幸の姿に、幸司は胸が締め付けられる思いだ。
「美幸、本当に俺と一緒にこのまま家族として夫婦として良いんだよな?」
「どうしたの?」
さっき、吉富や晴海らがいる前で美幸に問うたものの、美幸の口からはまだ返事が返って来ていない。美幸にたくさんの子どもを産んで欲しいと幸司は自分の気持ちを伝えた。しかし、美幸の顔は喜びを見せずに困惑した顔をしていた。
もしかしたら、美幸は本当は子どもは欲しくなかったのだろうかとそう思えて、困惑するのは幸司の方だ。
「美幸は本当は俺との子どもは欲しくなかったのか?」
「そんな……」
美幸がその話題から避けている様に、そう感じるのだ。だから、幸司としては美幸の口から一言「子どもが欲しい」と言って欲しい。すると、無言のまま美幸は俯いている。
「美幸……」
「私は、お腹のこの子のことだけでまだ精一杯で二人目なんて考えられなくて」
真剣な顔をして悩む美幸を見て幸司はクスクス笑いだす。
「私は真剣に考えているのに。笑うなんて酷いわ」
「そんなに神経質にならなくても良いんだよ。美幸なら何人くらい子どもが欲しいのかと思って。それを知りたいんだ」
気軽に考えろと言われても、それでも美幸は十分に困る。
「子どもは授かりものだから」と良い訳交じりでそう言うと、幸司は笑いが止まらなくなる。真面目に考える美幸がこれ程可愛いとは思わなく、隣に座る美幸の肩を抱き寄せて「じゃあ、子どもを欲しがるように俺が頑張らないとな」と囁く様に耳許で言う。
勿論、美幸の顔が真っ赤になるのは百も承知の幸司は、そんな言葉を囁き続け乍ら美幸の困り顔に幸せを感じていた。