好きにならなければ良かったのに
「大石は事務補助へまわすつもりだ」と追加で説明されては香川は何も言えなくなる。幸司が会議室を出ていくと香川は渡された資料へと目を移し乱暴に資料をテーブルに置く。
そして、溜め息を吐くと椅子にドカッと座り置いた資料をもう一度手にした。
「大石か、面白い逸材とおもったんだが」
そして、佐々木が美幸を医務室へ運んでからしばらく一人会議室で待っていたが、佐々木の戻りが遅い。
「女一人を担いでいくんだ、まあ、時間はかかるだろうし室長から色々と質問攻めにでもあっているのだろう」
退屈そうな顔をすると資料を捲りながら何やら考え事をしていた。そして、何か閃いたのか資料を閉じると口角を上げて笑みを見せる。
一方、自分のデスクに戻った幸司は椅子に座ったものの少し落ち着かない様子だ。デスクに置いた資料を手に取っては置き、表紙を見てはまた手に取る。そんな幸司に晴海が声をかける。
「課長、こちらの件で少し尋ねたいことがあるのですが」
と、言って資料を幸司の目の前に差し出すが、その資料には鉛筆で『隣の書庫へ』と書かれていた。それを見た幸司は目を細め溜め息混じりの大きな呼吸をすると椅子から立ち上がった。
「分かった」とだけ言う幸司は晴海とは目を合わせずに営業部から出ていく。その後を着いていく晴海を見ると部所内はちょっとした噂話に火がつく。
「今の怪しい雰囲気だったわね」
「逢い引きかしら?」
「今、仕事中よ。それに、皆の目があるのにそれはないわよ」
「じゃあ、仕事の話かしら?」
この二人がこっそり出ていった後はこんな話で盛り上がることもしばしば。女性社員の噂話は一度盛り上がるとなかなか静まらない。
そして、『隣の書庫』へやって来た二人は、書庫内に誰もいないのを確認した。人の気配がないと分かると晴海の表情が一変する。
「何故あの人がここにいるの? それに、大石って何のつもり? どう言うことなのよ?!」
誰もいないと分かると幸司を責め立てるように言い放つ。怒りで頭に血が上る晴海を見て更に大きな溜め息を吐くと苛ついた声で呟いた。
「それは俺のセリフだ。俺が知りたいくらいだ」
まるで妻の美幸が何故ここにいるのか知らない素振りをする幸司だが、晴海はそのセリフは信じられなかった。