好きにならなければ良かったのに
「毎晩課長を遅くまで引き留めて申し訳ありません」
吉富が深く頭を下げると謝罪の言葉が返ってくる。思いがけない吉富の態度に美幸はポカンと口を開ける。
「? どうかしたんですか?」
美幸のイメージとしては、吉富はいつも悪ふざけをしているイメージしかなかった。それだけに、今、目の前に凛として知的で素敵な男性が立っているのが吉富なのだと信じられなく、じっくりと吉富の顔を眺めている。
「そんなに見つめられると困るなぁ。一応これでも彼女持ちなんで。彼女に叱られますよ」
「彼女?」
「晴海ちゃんと付き合っているから」
嬉しそうに笑う吉富は、この世で一番自分が幸福者なのだと言いたげな表情を見せる。
吉富のその笑顔に晴海もやっと幸せになれたのだと分かると、美幸も肩の荷が下りたようにホッとする。
やはり、幸司との長い交際期間に、二人の仲を疑う訳ではないが完全に安心は出来ていなかった。と言うのも、幸司の車のトランクに隠されたプレゼント用の衣装ケースが、未だに処分されずに残されているからだ。
晴海へ送る筈だったワンピースが入った衣装ケースを未練がましく捨てられないのか。美幸は心がざわめいて落ち着かない日々を送っていたのだ。
「美幸ちゃん? 大丈夫?」
「え、いえ。それで今日はどうしたんですか? 幸司さんならまだ会社だと思うんですけど」
美幸がそう言うと、吉富と青葉はお互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をする。
すると、青葉がソファから立ち上がり美幸の前へと来て訊く。
「暫くは部長補佐の仕事で毎晩遅くまで仕事をなさっていましたが、最近ではだいぶん仕事も落ち着いてこのところは連日早めに帰宅なさっていますが」
「ああ、そうだな。今日だって課長は少しの残業はあったけど、もう帰って来ていると思ったんだけど。あ……」
青葉に続いて吉富が途中まで言いかけると、「しまった」と言うような表情をする。
美幸はいったい何がどうなっているのか、会社の内容を全く知らない美幸としては幸司の毎日深夜の帰宅は仕事絡みなのだと信じていた。なのに、目の前のこの二人はここ数日は早めに帰宅していると言う。
しかし、幸司は早く帰宅したことなどない。
再び美幸は幸司が晴海と浮気しているのではないかと疑ってしまう。
「今日、吉富さんは日下さんと一緒じゃないんですか?」
「え、ああ。晴海ちゃんは、ほら、忙しいからさ……そのね……」
美幸と目を合わせようとしない吉富の不審な態度が美幸の心を歪めてしまう。