好きにならなければ良かったのに
「課長がご不在でしたら私達はもうお暇しましょう」
「え、でも、用事があったのではないんですか?」
美幸はもっと幸司の話を聞きたいと二人を引き留めようとする。しかし、吉富と青葉は顔を見合わせると頷いては玄関の方へと向かう。
「あの、待って下さい」
美幸が二人の後を追いかけようとすると、青葉が振り向いて深くお辞儀をする。
「申し訳ありません。お休みのところをお邪魔しまして。課長でしたらもしかしたら会社に居残って何か作業をしているのかも知れません。会社の方へ寄ってみます」
にっこり微笑む青葉を見て、美幸は背筋が凍る思いだ。いつも冷たい感じのあまり笑わないイメージのある青葉がにっこり笑っているのだ。
美幸の不安そうな表情は隠せない。そんな美幸を見て尚更青葉も吉富もこの屋敷から早く出て行こうとする。
「すいません。何のお構いもせずに」
「いえ、奥様は大事なお体です。何かあっては課長に申し訳が立たないものですから」
青葉も吉富も幸司がいないと分かると直ぐに帰ってしまった。結局、美幸は大した内容を訊くこともなく二人との面会も終わってしまった。
そこへ執事の遠藤がやって来ると封筒らしきものを美幸に渡す。
「これは?」
「旦那様からお預かりしたものです。今夜、奥様のお休みになる前に渡すようにとおっしゃられましたので」
真っ白い正方形に近い封筒は、どう見ても男性が文具店で買うような封筒ではない。それに、表には小さな可愛くて愛らしいデイジーの花弁が描かれている。何となく女性を匂わせる様な封筒に胸がチクリとする。
「ありがとう。ベッドの中に入ってから見るわ」
遠藤にお礼を言うと美幸は寝室へ向かおうと階段を上って行く。流石に、寝室の三階までの階段は妊婦の美幸には少し辛い。
すると遠藤が美幸の後ろからやって来て手を差し伸べる。
「奥様、大丈夫ですか?」
「ありがとう。休みながら寝室まで行くから大丈夫よ」
とは言ったものの、緩やかな階段とは言え妊婦の美幸にはやはり三階までの道のりは遠くてシンドイ。それも、階段なのだから。遠藤は美幸の歩調に合わせながら三階に登り切るまで一緒に付き添っていく。
「あなたも忙しいのに、つき合わせてごめんなさいね」
「いいえ。旦那様がお留守の時は我々使用人が奥様の面倒を見させて頂きます」
苦笑しながら言う遠藤に美幸まで笑顔になる。辛い筈の階段も何とか遠藤のお蔭で三階まで辿り着くことが出来てホッとするも、三階のフロアに上がって直ぐにへたり込んでしまった。