好きにならなければ良かったのに
「奥様!!」
遠藤の声が階段に響くと、他のところで作業をしていた使用人達が遠藤の声に驚いて集まってくる。
「大丈夫よ……、少し疲れただけだから」
まだ帰らない幸司に気を揉まされる美幸は、以前の生活となんら変わりないと思うと心が沈んでしまうのだ。そして体から力が抜けると起き上がる体力まで奪われて行く様で、美幸は立ち上がろうとするが脚に力が入らない。
「お医者様をお呼びしましょうか?」
「気分は悪くないわ。お腹も平気よ。ちょっと脚に力が入らないだけ。階段がこんなに大変だって言うのはこれまであまり感じなかったから」
床に座りこんだ美幸は、使用人達に心配かけないように笑顔で応える。すると、かなり心配そうに見ていた使用人達の顔にも笑顔が戻る。
「少し座っていたら大丈夫。何ともないのよ。ただ、体力って言うか足が思った以上に衰えているのかも知れないわ。お腹の子を気にしてあまり動かなくなったから」
仕事を辞めて屋敷の中で過ごす美幸は一階と三階を往復するくらいで、部屋に籠って生まれてくる赤ちゃんの為に編み物をしているくらいで、本当にあまり動くことすらなくなっている。
大きな溜息を吐くと使用人の顔を見上げる。
「ごめんなさいね。心配かけてしまって。でも、もう大丈夫よ」
使用人の手を借りながら立ち上がった美幸は寝室へと歩いていく。まだお腹は目立つほど大きくはない。だけど、以前に比べて疲れは出やすくなった。
「奥様、旦那様が戻られるまで隣の部屋で待機していますから、何かあればおっしゃってください。直ぐに参りますから」
「いつもありがとう」
美幸をベッドへと座らせた使用人は部屋から出て行くと、子ども部屋になっている空き部屋で幸司が帰るまで美幸の様子を窺う。
隣の部屋のドアの開閉の音が聞こえてくると美幸は遠藤から受け取った封筒を見た。
「幸司から何かしら?」
本当に幸司がこんな封筒を購入したのかと、疑いの目を向け乍ら美幸は恐る恐る封筒を開ける。すると、中から便箋を一枚と写真を数枚取りだす。
「写真? これって……」
入っていた写真を見た美幸は唖然として開いた口が塞がらなくなる。
美幸が目にしたその写真とは、幸司がスポーツジムに通っている姿を写したものだ。そして、遠藤は「旦那様から」と言ったが、これは幸司ではなく青葉から渡されたものだと、便箋に書かれた差し出し人の名前を見てそれが分かった。