好きにならなければ良かったのに
青葉と吉富は何故一緒に訪問したのか写真を見ながら考える美幸だが、それ以上に頭を悩ませるのは幸司が何故急にスポーツジムに通い始めたのか。それを、何故青葉達はハッキリ言わずにこんな証拠写真の様なものを渡したのか。
美幸はまるでなぞなぞを解けと言われているようで頭を悩ませる。
一方、屋敷から出ていった吉富は苦手な筈の青葉の車に乗っていた。助手席に乗る吉富は、青葉の前なのに珍しく笑っている。
「全くお騒がせ夫婦だな」
「課長もいい加減早く帰宅すれば良いものを。やはりあの時の言葉は嘘ではなかった」
「青葉さん、最初その話を聞いた時は信じられなかったですよ」
窓の外を眺める吉富の声はかなり弾んでいる。面白い話でも聞かされているような、そんな様子に青葉も珍しくフッと笑っている。
『美幸を抱きたいと思うのは愛情があるからだろう?』
大石部長が入院した時、幸司が言った言葉を思い出すと青葉は口角を上げてクックッと笑う。
「あの時既に心の中には奥様が居たと言うことですね」
「そう言えば光彦も言っていたな。課長と晴海ちゃんが会社で喧嘩している場面を見たことがあると。もしかしたら、あの二人はもうとっくの昔に破綻していたのかも知れないですね」
「課長はあれでいて頑固でかなり性格が捻れている。奥様に素直になれないのでしょう。やはり、あの封筒を渡して良かった」
「ですね」
珍しく二人の意見があうと顔を見合わせて声を出して笑う。幸司がスポーツジムに通っていると美幸に知られたのを幸司が知った時、さぞかしバレたときの幸司の顔は見ものだろうと、その時の情景を思い浮かべる青葉はクスクスと笑いが止まらない。
「青葉さんて陰険な人じゃなかったんですね」
ニヤリと笑って横目で見る吉富の性格を知るだけに、青葉は顔をひきつらせる。
「失礼だね君は。私を何だと思ってたんですか?」
「いやぁ、会社では皆が謎の人物として恐れてますからね」
「私は次期社長の秘書になる為の勉強中と言うところですかね。だから、課長には早く夫婦円満になってもらわないと困るんです」
青葉は嬉しそうに言う。吉富は青葉のそんな表情を初めて見て内心驚く。しかし、青葉には気づかれないように窓の外へと視線を移す。
「意外そうな顔をしてますね」
「え、あ、まあ。ただの陰湿なスパイかと思ってたので」
「君、それでよく営業が務まりますね。相手に不快感を与えると契約取り損ねますよ」
「青葉さんは得意先じゃないでしよ?」
車内では本当に珍しく二人の楽しそうな会話が続く。