好きにならなければ良かったのに
「こんな夜遅くまでスポーツジムって開いているの?」
美幸の疑いのこもった物言いに幸司は更に機嫌を悪くして言う。
「俺が通っている所は夜の11時までは出来るんだよ」
かなり不貞腐れた様な態度で言う幸司はベッドから立ち上がるとスーツの上着を脱ぐ。美幸が慌てて幸司の所へ行くと上着を片付けようとする。
「ああ、いいよ。自分でこれくらいやるよ」
幸司が上着を掴むと、上着を持とうとした美幸の手に重なる。すると幸司は顔を真っ赤にしてパッと触れる手を離す。手が離れると上着が床へ落ちていく。落ちた上着を見ては美幸は不思議そうに幸司の顔を覗き見る。すると真っ赤になった幸司の顔を見て少し頭を傾げると、クンクンと犬のように匂いを嗅ぐ。
「何してるんだよ?」
「お酒飲んできたんじゃないのね? 顔が真っ赤だわ」
幸司は美幸に背を向けるとシャツのボタンを外しながら「早く寝ろよ」と乱暴な言い種をする。何を怒らせたのか理由が分からない美幸は幸司の前へと回り込み、俯きになる幸司の顔をしたから覗きこむ。
すると、ここでも幸司は頬を赤く染めていた。
「どうしたの? それに、スポーツジムなんて仕事は大丈夫なの?」
「仕事は順調に行ってるよ。大石部長不在の穴埋めも部長代理が頑張ってくれているから何の問題もないよ」
「だったらどうして直ぐに帰って来ないの? ダイエットでもしているの? それとも、あ、健康診断で何か気になることがあったとか? ねえ、それとも……」
矢継ぎ早にに質問されても困る幸司はシャツを脱ぐとそれをもって洗面所へと向かう。美幸の質問に答えようとしない幸司を追いかける様に、美幸が洗面所へと行く。
しかし、幸司は一人だけ洗面所へ入ると内側から鍵をかけ美幸を締めだす。
「ちょっと、鍵かけるなんてズルいわ」
「煩いな。妊婦なんだから早く寝ろよ。体に障るだろ!」
半ば大声で怒鳴られてしまった美幸は、幸司が何をどうしたいのかサッパリ見えてこずに、かなり怒りで頭が爆発しそうになる。こうなったら絶対に幸司から納得のいく理由を聞くまでは寝ないと、ベッドの足下にあるカウチソファに座ったまま、洗面所から出て来る幸司を待っていた。
それから三十分もしない内に幸司が洗面所から出て来る。幸司はもう眠っただろうと思っていた美幸が、目の前のカウチソファに座っているのを見てギョッとする。
「待ち伏せはするなよ。心臓に良くないだろ?!」
「え? 心臓が悪いの?」
惚けている様には見えないが、でも、そんな呑気な答えを返す美幸を見て幸司は観念するしかないかと、事実を美幸に打ち明けようと諦めた。