好きにならなければ良かったのに
「彼女をどうするつもりなの?」
目をつり上げて幸司を責めるような鋭い瞳を向ける。
完全に晴海を怒らせたと分かっているものの、幸司は妻の美幸を蔑ろにも出来ず頭が痛いのは自分の方だと言いたくて堪らない。
すると、やはりここでも溜め息が出てしまう。
「分かった、幸司がそのつもりなら私にだって考えがあるわ」
相変わらずの晴海の睨み付ける鋭い瞳に、幸司は晴海の腕を掴み引き寄せた。そして、頭を掴むとグイッと抱き寄せ、これまで何度も重ねてきた唇を重ね合わせた。
「んっ」
「晴海、舌を出して」
その言葉は二人の熱いキスの始まりの合言葉。それを言われると晴海は大人しくキスを受け入れる。逆に、幸司の首に抱きついて甘いキスを返す。
誰もいない書庫に響き渡る淫らなキスの音。すっかりその気になった晴海はもっと深くて甘ったるいキスを求め始める。
「ねえ、触って」
「ここは、会社だぞ」
「良いじゃない、誰もいないのよ」
「俺達がここへ入ったのを他の社員は気付いているんだ、もう少し自重しろ」
職場では課長らしい態度を曲げない幸司。そんな幸司の態度には慣れている晴海は渋々幸司から離れ、重ねていた唇も離す。
「まあいいわ、彼女が何者でも私には関係ないわ」
勝ち誇った顔をして乱れた衣服を整える晴海は、自らの豊満な体を見せつけるように腰に手を当ててポーズを取る。
突き出たふくよかな胸に目を奪われた幸司だが、直ぐに目をそらしネクタイへと手を動かす。ネクタイの位置を整えると再び溜め息を吐くと、今度は大きな息を吐き晴海の顔を見つめるも悩ましい表情を見せる。
「気に入らなくても美幸は俺の妻なんだ。そこは理解してくれ」
「それがあなたがこの会社の後継者になるための条件なのは理解しているわ」
「ならいい」
「…………」
晴海を置いて書庫から出ようとした幸司がドアの前で足を止め、振り返って晴海を見て訊いた。
「何故、美幸だと分かった? これまで面識は無かったはずだ」
「あなたのお父様に疑いをかけられないための保険に、財布の中に結婚式の写真を挟んでいるのを何度も見てきたのよ」
腕を組んで眉を細目ながら手厳しいセリフを吐く晴海。しかし、それを訊いた幸司は何事も無かったかのように無言のまま書庫から出ていく。