好きにならなければ良かったのに
「あの写真を何度破ってやろうかと思ったか、あなたは知らないでしょうね」
誰も居なくなった書庫で恨み言を言う晴海。その瞳には妬ましい炎と感じるものを見せていた。
時間差で書庫から出ていく晴海は、新人教育を行っている会議室の前の廊下を通る。いつもなら、香川の厳しい声が廊下へ漏れてきそうなのに今日は反応がない。
少し不思議に思った晴海は会議室のドアを開け中の様子を探ろうとした。
「誰だ?!」
誰もいないと思っていた晴海は、香川のドスの利いた声に慌ててドアを開くと頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪の言葉を言った。
余りにも静かすぎてまさか新人研修中とは思わなかったのだ。しかし、頭を上げて香川を見ると、そこには他に人の姿はなく香川一人だけがテーブルに座っていた。
「新人の二人はどうしたの?」
「それより、君は何をしている? ここは新人研修の場であって逢い引きする場ではないぞ」
晴海は幸司とここで逢い引きする約束をしていると思われていることに顔を紅潮させ怒りを露にする。
「図星のようだな」
「そんなことに会議室を使ったりしないわ! 失礼よ」
「俺はてっきりそうかと思ったが。何せ大事なポストを新人に横取りされたくないだろう?」
意味深な発言に晴海は益々怒りを露にした。営業部一の売上実績を持つエリート社員を相手に、恐れることなく牙を剥こうとする。
「私が色仕掛けで課長に今の仕事を懇願したとでも思っているの?」
「いや」
「ならばそんな偏見でモノを言うのは止めて」
「それは悪かったね」
晴海の顔を見てフッと笑みを浮かべる香川は資料を手にすると、机の上に乱暴にも叩きつけるように置く。その資料の音にビクリとした晴海は少し臆してしまう。
「新人教育の邪魔だ、早々に出て行って貰おうか?」
「その肝心な新人の姿が見えない様だけど。でも、安心して。香川さんがどんな教育しようとも私の地位は安泰だから」
香川のあまりにも人を見下した態度に怒り心頭の晴海はかなり横柄な態度で会議室から出て行く。ドアが閉まり晴海の姿が見えなくなると香川は資料を手に取り少し考え事をしていた。