好きにならなければ良かったのに

 晴海が出て行って暫くすると、美幸を医務室へ送って来た佐々木満が会議室へと戻って来た。予想していたより時間がかかった佐々木に香川は難色を示す。

「病院にまで運んで来たのか?」
「すいません、医務室には誰もいなくて。かと言って、彼女を一人置いていけなかったので取り敢えず室長が戻られるまで居ました」
「そうか、それは悪かったな。それで、大石の具合はどんな風だ?」

 資料をトントンと机に軽く叩きながら訊く香川は少し苛ついた様子だ。

 佐々木は香川の不機嫌さに少し萎縮していたが、それでも香川から視線を逸らすことなくハッキリと美幸の症状を伝える。

「彼女は今のところ問題ないようです。勤務初日なので緊張で体調を崩したのではないかと」

 佐々木の説明に他の社員ならば納得もするだろうが、課長を相手に堂々たる態度をとった自己紹介を考えると、勤務初日の緊張から倒れると言う説明には到底納得出来るものではない。

「それで大石は戻って来れそうなのか?」
「それが今は眠っているので」

 勤務初日に面倒を起こされるのは迷惑だが、これだけ初日に目立つ社員は珍しいと、今後期待したくなる社員でもあると感じた香川はフッと笑っていた。

 真面目で厳しそうな雰囲気に見えた香川が思ったより話しやすい先輩社員に思えると、佐々木はホッと胸を撫で下ろしている。

「仕方ない、佐々木だけでも研修を続けよう」
「あ、はい」

 香川が持っていた資料を佐々木の座る椅子目掛けトンとテーブルを叩くと、それを見た佐々木は慌てて自分の椅子へと座った。

 会議室では佐々木一人を相手に香川の新人研修が始まる。

 一人会議室へ戻った佐々木を見届けた幸司は、会議室に背を向けエレベーターへと向かった。足早に向かう幸司の表情はかなり強張っている。

 頬をひきつらせ眉間にシワを寄せる幸司はかなり苛ついている様子だ。行き交う社員の姿など目に入らないかのように突き進んでいく。

 エレベーターの扉の前までやって来たものの、エレベーターの扉は閉じている。下へ行くボタンを拳で叩くとそのまま壁に頭を押し付けた。

「一体どう言うことなんだ?」

 何もかもが不可解と言いたげな表情をした幸司はエレベーターの扉を開くのを待っていた。

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