好きにならなければ良かったのに

 偶然にも声を掛けてきたのは人事部の部長だった為、直ぐに新入社員名簿について訊こうと、預かった名簿を見せながら人事部部長に説明すると……

「そんなはずは無いですが」

 人事部部長に説明を求めるも、新入社員名簿は毎年内定者の履歴書を元に作成され、複数の社員のチェックを受ける為に一人残らず漏れは無いと、自信満々の顔を見せられる。

 しかし、実際記入漏れは発生しているのだから、営業部の内定者の履歴書でもう一度調べてもらうことに。

 人事部部長のデスク前で待っていると、そう時間はかからずに記入漏れの事実が判明する。

「大石美幸? ああ、彼女は……しまった! 特別枠で入社した子ですね」

 特別枠と話をする人事部部長は、美幸は通常の就職活動をして内定を出した社員ではなく、別枠から採用された為に名簿から漏れてしまったのだと力説していた。

「別枠とはどういう枠です?」
「さあ、それはこちらでは解りかねますが。なんなら、社長に直接尋ねてみられてはどうですか?」
「社長に?」
「課長でしたら説明していただけると思いますよ」

 この会社の社長は、幸司にとっては父親になり、美幸にとっては嫁ぎ先の舅になる。そして、社長が知る特別枠での入社と聞けばそれで十分に入社の意味が理解できる。

 美幸は父親である社長が送り込んだ社員だと分かると、流石の幸司もこの人事には口出しが出来ない。

「いえ、名簿の漏れを訂正して貰えば良いだけのことで……」
「本当にすいません、こんなミスは今まで無かったんですがね。いやはや・・・」

 記入漏れの名簿を見ながら頭を掻く人事部部長は「直ぐに作り直します」とだけ言って自分の作業へと戻ると、そのあまりにもアッサリした対応に幸司は眉間を歪める。

「医務室に直ぐに届けてください。これは医務室から預かってきたのですから」
「分かりました」

 記入漏れについては人事部で対応すると決まると幸司は社長室へと向かう事にした。

 何故息子である自分には何の説明もなく美幸を入社させたのか、そして、同じ営業部へ配属したのか、その理由を訊くくらいの権利は自分にあると、社長室へ向かう足取りは速くなる。

< 25 / 203 >

この作品をシェア

pagetop