好きにならなければ良かったのに
「すいません、ご迷惑かけました」
医務室から戻った美幸は申し訳なさそうに会釈して会議室へと入っていく。
美幸の元気良さそうな顔を見て安堵する香川だが、幸司に美幸の処遇を言い渡されていたこともあり、それを美幸に伝える。
香川が営業部へ戻るように伝えるも、
「それなら大丈夫です。課長に直談判して研修に戻していただきました」
「……」
「課長に直談判? 同じ新入社員なのに凄いね、大石さんは」
「同じ新入社員だから、やっぱり同じ様に研修受けたいですよね」
入社したばかりの社員が臆することなく課長に直談判なんて、普通は簡単に出来るものではないだろう。
佐々木は美幸を尊敬の眼差しで見ているし、香川もかなり驚いているのか黙りこんだままで腕を組んで美幸を冷静な目で見ている。
「あの課長の言葉を覆せるとは、やはり面白い素材だな」
ポツリと呟いた香川は資料を美幸のいる前へと投げた。テーブルにバサリと落ちた冊子に美幸と佐々木の視線が移る。
「大石、お前の資料だ。早く席につけ、説明することが多いんだ」
「あ、はい!」
投げられた資料を手に取ると、美幸は慌てて自分の席に戻り、再び新人研修の続きを受けることになった。
そして、この日は何事もなく無事一日を終えることが出来た。
正直な話、最初は誰一人として知り合いのいない所で、どれだけやれるのか不安ばかりだった。それに、夫である幸司と同じ部署に配属されるとは思わなかったし、そこに、まさか幸司の恋人もいるとは知らなかった。
そして、職場では幸司の言葉は絶対なのだとも知らずに、美幸は上司である幸司の言いなりにはならなかった。
きっと、幸司への反抗的な態度は、社内なのにまるで恋人同士のような振る舞いを晴海に許していることへの反発なのかも知れない。
もし、自分が幸司と同じ部署に配属されたとしても、恋人が幸司のそばにいなく、社内でも姿を見せなければここまで反抗的な態度を取ろうとはしなかったし、出来る筈もない。
二人の仲睦まじい姿を見せられ胸が苦しくて吐き気がするほどに気分が悪くなるのは、やはり、まだ、自分の心の中に幸司がいるのだと思い知ったからだ。