好きにならなければ良かったのに
もともと幸司からは晴海を恋人だと言われた。それも、幸せに満ちていた新婚旅行から帰ってきたその日に。
あの時は奈落の底へ突き落とされるのかと、悲しみに明け暮れていた。そんな辛い思いをした日から既に四年が過ぎていた。
会社の後継者になる条件だからと、幸司は結婚を決めたと平然と話すし普通に結婚生活を続ける。しかし、愛し合う結婚をしたと思い込んでいた美幸には、その結婚生活を幸司の様に平然と送ることなど出来ない。
もう苦痛としか思えない四年間だった。でも、だからと、この会社で働く自分の父親の為にも離婚したいとは言い出せなかったし、それに、幸司が好きだったからそばにいたかった。
もしかしたらと、長く一緒に居ることで気持ちに変化があればと期待していたが、今のこの雰囲気からそれも難しいように感じてしまった。
「恋人ですか?! うわぁ、聞いてて良かった」
「それが恋人ならな、ですよね吉富さん」
大きな溜め息を吐く戸田に相田も相槌を打っている。そんな二人を見て佐々木が不思議な顔をしている。
美幸は何となくこの雰囲気がどういうものかを感じ取れた。しかし、新人の佐々木には意味がわからず戸田に食いついて訊くと…
「恋人なら依怙贔屓したくなるのも分からなくはないですけどね」
「恋人ならな。けどな、課長には奥さんがいるんだよ」
吉富の口から意外な言葉が出てきた。戸田も相田も吉富のセリフに頷いているのを見ると、どうやら職場では幸司は結婚し妻がいると分かっているようだ。
「じゃあ、愛人ってヤツですか?!」
「バカッ、誰が聞いてるか分からないだろう?、 大きな声で言うんじゃない」
戸田が慌てて佐々木の口を手で塞ごうとすると、吉富が右手でNOと言いたげに横に手を振る。
「もう社内では周知のことだ。隠しても直ぐにバレるさ。知らないのは当人だけだろう」
「一番可哀想なのは奥様だわ。あんな女の何処が良いのか課長の気が知れないわ!」
明るく愉しく飲んでいた筈の歓迎会だが、一変して葬式のような暗い雰囲気になってしまった。そして、この歓迎会の席に新人として座る美幸が幸司の妻だと誰も知っている者はいない。