好きにならなければ良かったのに
真実を知りたい気持ちが膨らみながらも、美幸が一番聞きたくて聞きたくない話を聞かされたかも知れない。妻がいるのに愛人を囲っているという事実を他の社員も知ってるとは、少し意外に感じると佐々木同様驚きでその場は黙りこんでいる。
けれど、昼間の様子から多少は予想はついていた。予想はついていたとしても、それを他人の口からそれも会社の社員からそんな話を聞かされるとは思わなく、正直ここでは戸惑いの方が大きかった。社内での情報を知りたいと自ら相田を誘ったのに、呆れるほどに矛盾している。
暫く沈黙が続いたかと思うと重い口を開けたのは佐々木だった。
「それでよく他の社員が黙っていますね。それに、普通はそんな不倫関係って嫌うから同じ職場には居ずらくないんですか?」
「佐々木、それはな本当の愛人関係ならそうさ。だけど、これには話の続きがあるんだよ」
吉富が話を続けることに戸田も相田も黙ってその話を聞いていた。内容が内容なだけに神妙な面持ちでいると、美幸の表情も固くなっている。
「これは去年光彦が見たから分かったことなんだが。あ、光彦とはコイツのことね」
そう言いながら戸田を指さした吉富。戸田は吉富に指名されると何度か頷いている。「オレ、見たんだよね」と言うと、その見たという現場の話を吉富が説明を続ける。
「どうやら光彦が聴いた話を整理すると、課長と日下は元々恋人同士なのに、課長がその恋人を裏切って他の女と結婚したようなんだよ。その痴話喧嘩を光彦が見たってことさ」
美幸はハッと顔を上げて吉富の話を食い入るように聞いていた。会社で他の社員に気付かれるような痴話喧嘩をあの二人もするのだろうかと。愛し合っている二人なのに、何故そんな喧嘩をしたのか、その喧嘩の内容が気になってしまう。
「あの、その痴話喧嘩っていったいどんな喧嘩なんですか?」
「さあ、どうだろうね」
「課長相手に問題起こすと会社に居難くなるしね、この話題は俺達の胸の中に仕舞っておくのが一番だと思うよ、ね、吉富さん」
「そうだな、これ以上の詮索はしない方が身の為さ」
一見チャラそうに見える吉富なのに、女性社員相手に名前をちゃん付けで呼ぶくせに、こんな時は真面目なサラリーマンと言う表情を見せる。ちょっと意外な吉富の態度だった。