好きにならなければ良かったのに
「疲れた……」
「立て、こんな所に寝るんじゃない」
いきなり背後から幸司の声が聞こえると、疲れた体なのにシャンと背筋を伸ばし飛び起きてしまう。
幸司の冷たい声にビクッとする体はぎこちない。足が縺れそうになると手すりにしがみ付いて必死に階段を上り始める。
上の階から見下ろしている幸司はよろける美幸を手助けしようとはせずに、ただ、鬼の様な形相で睨みつけているだけだ。
そして、美幸が三階まで上がってくると組んでいた腕を外し美幸の腕を掴み自分の寝室へと連れて行く。
新婚旅行から戻ったその日に、幸司に恋人がいたと発覚すると同じ寝室を使いたくないとその後二人の寝室は別々になった。
幸司はそこまでする必要はないと言うが、美幸がどうしても同じ寝室は使いたくないと勝手に別に自分の部屋を使用人に用意させたのだ。
だから、幸司の寝室には滅多に入ったことのない美幸はその部屋へと連れて行かれると心臓が破裂しそうな程にドキドキしていた。もう四年もの間、幸司の妻をしているのにまだ幸司に触れられると心が乱されてしまう。
「座れ」
ベッドへと放り投げられると美幸は言われた通りにベッドの端っこに座った。
幸司は座る美幸の真正面に仁王立ちになっている。今からどんな尋問が始まるのだろうかと思わせる雰囲気に思わず美幸は唾を飲み込んだ。
「今日のことはどういうことだ? 全部俺の納得のいくように説明してもらう」
「ごめんなさい、帰りが遅くなったのは、その、職場の皆が歓迎会をしてくれると言うから」
「歓迎会でチヤホヤされて良い気になって帰って来たのか? それに、何故お前があの会社で働く必要がある? そんな暇などお前にはないだろう?!」
恋人と一緒の職場で仲睦まじく働く姿を見られたのが余程気に入らなかったのか、或いは恋人との空間を妻に汚されたとでも思っているのか、ここまで叱責されるとは思わなかった美幸は俯いたまま何も答えなかった。
幸司は大きな溜息を吐いて腕を組んでは更に美幸を睨みつける。
「妻としてもっとすべきことがあるだろう? 俺達は結婚してもう四年にもなるのにまだ後継者となる息子に恵まれないんだ。お前に必要なのは仕事ではなく子どもだろう?! 違うか?」
自分が会社の後継者としての立場を保持して行くために子どもが必要でありその為の妻の存在なのだと再認識させられる。