好きにならなければ良かったのに

「親父は俺の顔を見る度に孫はまだかと催促されているんだ。お前が未だに妊娠しないから俺は課長止まりでそれ以上上がれないんだぞ」
「ごめんなさい」

 妊娠しないのが美幸だけに原因があるようなもの言いをされると流石に心が痛む。
 自分だってもし子宝に恵まれれば恋人の存在があっても我慢出来たかも知れない。

 けれど、こんな屈辱的な扱いを受けた上にこれから恋人と夫の仲睦まじい生活を毎日見なければならない苦痛を味わうと思うと、もう神経が耐えられないところまできている今、自分の心は壊れれる寸前だ。

「美幸、会社は辞めてもらう。いいな? お前から親父にそう言えば問題なく辞められる」

 この人事を決めたのが社長である幸司の父親だと分かっているだけに、幸司はそう言うしかなかった。

 それしか言えない自分の無力さに嫌気がするし、その無力さの原因は妻の美幸が未だに子宝に恵まれないことにあると美幸に責任を押し付けようとしている。

「いいえ、私は辞めません。お義父様にお願いしたのは私なんです。だから」
「だから、お前が言えば済む話だろう!」
「いいえ、私は仕事をしたいんです。せっかく大学にも行かせて貰っていろんな勉強をさせて頂きました。御恩返しをしたくて会社に入れて貰いました」

 美幸はもしかしたら初めて幸司に反発するのではないだろうかと、自分でも信じられない程に自分の意見を述べた。

 これまで幸司相手には臆してしまい言いたいことの半分も言えなかった。
 しかし、これまで通りでは辛い生活しか待っていないと分かっているだけに、自ら仕事をしていつでも自立出来る様にしたいと仕事を辞める気などなかった。

 美幸がこれ程頑固者とは思わなく、しかも、大きな声で怒鳴れば言いなりになると思っていたのに、頑として自分の考えを曲げない所は誰かによく似ているとフッと頭を営業部長の顔が過った。

 考えてみれば美幸は会社の営業部長大石洋一の大事な一人娘だ。
 美幸の父親の洋一は会社では無くてはならない大事な存在で社長からの信頼も厚い。
 以前ヘッドハンティングをされそうになり、洋一を他社に奪い取られては会社の損失になると社長が計画を立ててその一人娘の美幸を息子の嫁にしてしまったのだ。


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