好きにならなければ良かったのに
朝まで一緒に眠ることは殆んどなく、子作りでベッドを共にすることがあっても、その時は幸司が美幸の寝室へやって来ては、用が済めば自分の寝室へと戻る。
殆んど儀式のような行為に美幸は辛い思いしかなかった。新婚旅行の時のような愛され方をしたことのない美幸には、一緒に朝を迎えること自体大変貴重な時に思える。
そして、それと同時に恥ずかしい気持ちが込み上げてきて顔が茹で蛸のように真っ赤に染まってしまう。
「今更恥ずかしいことなどないだろう?」
「あ、あの、ごめんなさい。あなたのベッドを」
「そう思うなら今夜からは自分の寝室で眠るんだな」
ベッドから下りた幸司は美幸には見向きもせず、バスローブ姿でさっさと寝室に併設されている洗面所へと行く。
幸司の姿が見えなくなると美幸は慌ててベッドから下り、ベッドの足元にあるカウチソファに掛けられている自分の服を見て、急いでその服を手に持つとドアのところへと行く。
少しだけドアを開けて廊下を確認するが、廊下には使用人の姿はなく誰もいないと分かると急いで幸司の寝室から出ていった。
美幸の寝室は幸司の寝室の直ぐ隣の部屋になる。本来は子供部屋として作られた小ぢんまりとした部屋だ。
けれど、結婚前に暮らしていた実家にある自分の部屋と比べると段違いで広くなっている。
その自分の部屋へと駆け込んだ美幸はドアを閉めるとその場にへたり込んでしまった。
「彼女のところへ行ったと思ったのに、行かなかったのかしら?」
昨夜、家を飛び出して行ったのは覚えていた。あの時、恋人の家へ行ったと思っていただけに悲しくて辛くて息が出来ないくらい胸が締め付けられる思いだった。
けれど、いつの間にか戻っていて同じベッドで眠っていたとは信じられなくて、しかも、服がシワになるからと脱がせてくれていたことにはもっと信じられなかった。
日頃冷たい態度しか取ろうとしないくせに、こんな風に気遣ったことをされるとそれを優しさと誤解してしまう。そして、未だにあの新婚旅行までの幸せな日々が戻って来るのではないかと無駄な期待をしてしまう。
自分が愚かな女だと思い知るばかりだ。