好きにならなければ良かったのに
新人教育二日目。
美幸は前日と同じく会議室でもう一人の新入社員の佐々木と一緒に新人研修を受ける。
「大石さん、香川さんは少し遅れるそうですが会議室で待っているようにと」
「分かったわ、ありがとう、佐々木さん」
「これ、今日の資料らしく読んでおくようにって預かってます」
「得意先データを纏めてあるのね。それに、今度の企画についての資料だわ」
普通なら新入社員が目にするようなデータではないのだろうが、何故こんな大事なデータを新人の二人に渡すのか。香川という人物が不思議な人に思える。
「何か問題でもあるのか?」
佐々木と二人少し困惑していると、その様子に気付いた幸司が二人に話しかける。
すると、幸司の隣に立つ晴海が鋭い視線を美幸に向ける。その異様なまでの視線にその場に奇妙な雰囲気を漂わせる。
「いえ、何でもありません。今日使用する資料を貰っただけですから」
資料を他の資料と重ね合わせた美幸は幸司に軽く頭を下げると会議室へと向かおうと背を向ける。
「佐々木さん、遅れると香川さんに怒られてしまうわ。急ぎましょう」
「あ、ああ。じゃ、すいません、課長。研修行ってきます」
逃げるようにその場を去って行くようで心苦しく感じるも、今は仕事に集中しなければと意識を資料に集中させながら会議室へと向かって行った。
美幸と佐々木が営業部から出ていくと晴海がそんな二人を見て呟く。
「課長に対して失礼だわ彼女」
「日下、それより来週に必要な資料は出来上がったのか?」
「任せて。今、他の子と一緒に作っているところよ」
にっこり微笑むと腕を組んで「大丈夫よ」と豪語する晴海。その資料を一緒に作っている『他の子』とは相田美津のことだ。
晴海の指示で休む暇なくデータ化作業をしている相田は朝からお茶を飲む時間も無いというのに、肝心な晴海は幸司に朝のコーヒーを淹れていた。
「日下、一旦出来たらチェックを入れる。明日にも確認出来る様にしてくれ。それからシステム課にデモ用の確認へ行くがお前も見ておいたが良いだろう」
「そうね。そのプレゼンに私も同行するのだから」
「午後からそのつもりで予定を空けておいてくれ」
「ええ、分かったわ」
忙しいと分かってい乍ら、のんびりと自分のデスクへ戻る晴海。それを疎ましそうに見ている相田はかなり不機嫌な様子だ。その様子を傍で見ていた幸司から小さな溜息が漏れていた。