好きにならなければ良かったのに
一方、会議室へと向かった新人二人は、一向に現れない香川を待つこと10分。大事な研修時間が勿体無いと美幸は受け取っていた資料に目を通している。
佐々木は朝の時間をゆっくり使えると、欠伸をしては背伸びをしのんびりと構えている。
「真面目だね。第一、俺達にはまだ理解できない企画書でしょ? 中身を知らないのだからこれを見ても判断に困るでしょ?」
「それはそうだけど、でも、こんな企画に少しでも早く関わりたいと思わないの?」
「関わりたくても、見てよ。俺達にはこのシステムが理解できないんだ。契約書や企画書見てもこれをどう判断するんだい?」
佐々木の言葉にも一理あるが、それでも、事前に渡された資料は目を通せとの香川の暗黙の指示だと感じる。
だから、目を凝らし資料を見つめる事で何かが分かる、或いは、何かを見つけることが出来るのではと。香川が戻るまでにその意味を考えようとした、その時だった。
「ねぇ、これ間違ってるわよ」
「どこ?」
「ここよ、単純なミスだわ」
美幸が指差した箇所を何度見てもその記載ミスは明らかな計算ミス。佐々木は美幸に指摘されて初めて気づく。
「本当だ、これじゃあ大損だ。香川さんに知らせなきゃ」
「香川さんが来るまでに訂正しましょう」
「ああ、じゃ、俺のも書き直そう」
二人して資料をお互いに確認しながら訂正を入れ、製品価格も間違っていないか、渡された取り扱い商品一覧から金額を割り出し記載ミスがないかをチェックしていた。
「だいたいこんなものかな?」
「多分そうだと思うわ」
「じゃあ、香川さんが来たら話そう。君から話してくれるだろう?」
「え、でも……」
「見つけたのは君だろ?」
確かに美幸が最初に見つけたが、こう言うのは男性が率先して言うものだと感じていた美幸には、佐々木のセリフは意外だった。
美幸の周りには幸司のようなタイプの男が多かったように感じる。家庭では常に父親がリーダーシップを取り、家族は安心して父に頼り、結婚してからは幸司の言葉のままに過ごしてきた。
幸司の実家へ行けば、それこそもっと尊大な幸司の会社の社長でもあり父親がいるのだ。頼れると言う言葉では片付けられない程の威厳の持ち主だ。