好きにならなければ良かったのに
しばらく幸司のデスクの上を片付け、何枚かの資料を確認するとクリヤーファイルの中へ入れそれをもって営業部から出ていく。
青葉が出ていくのを他の社員らは皆のように眺めていて、その後ろ姿を追うように視線が動く。
「青葉さんがいると緊張しますよね?」
「……」
「吉富さん? どうかしたんですか?」
「あ、いや、別に。さあ、今夜はデートで忙しいんだ、こんな仕事は早く終わらせよう♪」
青葉の存在を忘れたように笑顔になる吉富は、相田のパソコンのデータを見るが、『こんな仕事』と言われては、その仕事を一生懸命やって来た相田にとってはあまり気分の良いものではない。
吉富の発言する言葉に苛つく相田はパソコンの画面をスリープにした。
「お? おい、相田」
「失礼ですよ、吉富さん」
「え? 何? 俺、何かいけないこと言った?」
何も分かってない顔をされると、相田は溜め息を吐いてパソコンの画面を復帰させた。
「相田?」
「もう良いです。さっさと終わらせましょう。吉富さんの仕事を」
急に不機嫌になる相田に戸惑うものの、何故相田を怒らせたのか理由が分からない吉富は頭を捻る。それに、仏頂面をされたままパソコンの画面を見られると、益々吉富は扱いに困ってしまう。
---榊家にて。
仕事を早めに切り上げ一人実家へ向かった幸司。本当は美幸と一緒に行くつもりだった。仕事を終えて営業一課を見渡すと、そこには既に美幸の姿は無かった。
夫婦が別行動で実家を訪れるのは流石の幸司も気まずい様で敷居を跨ぐその足は重い。玄関へ入ると「ただいま」と、つい未だにその言葉が出てしまう。
「あらあら、まだ、この家があなたの家なの?」
玄関で呟いた言葉がリビングルームに居た母親の耳に入った様で、そんな皮肉を言われてしまう。少し苦笑する幸司は「長年の癖ですよ」と言葉を誤魔化す。
「それで一人なの? 美幸さんが来るのを楽しみに待ってたのよ」
「あ、美幸は、その……」
会社を出る時は既に姿がなく、携帯電話に電話を掛けても通じなかったとは、折角の誕生日の祝いの席では言いたくなかった。
「喧嘩でもしたの?」
「そう言う訳では無いですけど」
「美幸さんを大事にしてるの?」
「……そのつもりですよ」