好きにならなければ良かったのに

 「俺、話上手だろ?」と言う吉富だか、自分で言うほど話し上手ではないと美幸はそう感じる。とは言え、折角気持ちよく喋っている相手に言うほどの事でもないと。

 一方的ではあるがたくさんの話をしてくれる吉富の言葉に耳を傾ける。吉富の口から次々と出てくるいろんな世間話を美幸は楽しそうに聞いている。

 テレビで流れる芸能情報や世間の女性への偏見や雑誌などの受け売り言葉など。日頃、あまり男性が興味持たなさそうな情報まで吉富は実に話題豊富だ。

 吉富が持っている知識すべてをさらけ出して美幸を楽しませている様に感じる。

 男性と二人だけで居酒屋へ来たのは生まれて初めての美幸。最初はまだよく知りもしない先輩社員と二人だけの居酒屋に警戒心が強くぎこちない様子だったが、吉富の屈託ない笑いとその喋りにいつの間にか美幸の心までもほだされていく。

「へー、吉富さんって可愛い所あるんですね。それで、その雑誌に載っている小物は買えたんですか?」
「まあね、買えたのは買えたけど、渡す相手がいない」
「じゃあ、買った意味ないじゃないですか?」
「だったら、美幸ちゃんにあげるね」
「……え、でも」

 いきなり自分ヘ振られ困ってしまう美幸。それもそうで、吉富がくれると言うのは宝石類を入れるビーズ仕立てのポーチの様な物らしい。

「可愛い石が付いているペンダントが入っててね。とても愛らしくて、今の美幸ちゃんに似合いそう」

 美幸の胸元目掛け指差す吉富の表情はまるで子羊を狙う獣のよう。お酒を少し飲んでいるにしては、その瞳はゾクリとするほどに鋭い。

「誰かあげたい人がいるんじゃないですか?」
「そうだねぇ、最初はね晴海ちゃんも良いなぁ~と思ってモーションかけたんだよ」

 いきなり晴海の話題を振られると、まだ心の準備が出来てなくて耳を塞ぎたくなる。でも、やはり幸司との関係が気になりつい真剣な瞳で吉富の話を聞く。

 美幸の瞳を見つめた吉富は少し溜め息を吐く。そして美幸から視線を逸らすように両手を上へ上げて体を背伸びさせる。

「う~ん」
「それで、どうなったんですか?」
「俺に興味もった?」

 背伸びした手をテーブルへ戻すと、水の入ったコップを持っていた美幸の手に自分の手を重ねギュッと握りしめる。

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