好きにならなければ良かったのに
突然幸司以外の男性に触れられ、心臓がドキッと弾んでしまった。ただでさえ、最近では幸司と触れあうことすら滅多にないのに。
昼間、給湯室へ呼び出された時に、幸司に掴まれた腕が今も感覚が残っている。それと同じように今も男の人に手を触られているはずなのに、何処か何かが違う。
吉富は幸司より明らかに年下だが、美幸より大人な二十代後半の男性だ。微笑まれると、少し可愛い表情へと変わる。イケメンと言えばイケメンではあるが……
美幸にとってのイケメンで素敵な男性はと訊かれると、やはり頭に浮かぶのは未だに、結婚当時の幸司の笑顔だ。あれは偽物の笑顔なのにと思いながらも、あの時の幸司の笑顔が頭に染み着いている。
そして、新婚旅行の幸せな時間が、未だに美幸の心を縛り付けるように、自分の心が儘ならない。
「美幸ちゃん?」
「え? あ、ごめんなさい」
「やっと俺の話を聞いてくれるようになったと思ったのにな」
「え? どういう意味ですか?」
相変わらずの謎なぞ言葉にキョトンとしてしまう美幸は、横座りしていた姿勢から正座へと変え、姿勢を正して吉富に聞き返す。
「美幸ちゃんはさ、本当に失礼な子だよね。心此処に在らずって感じでさ」
どちらが失礼なんだと言い返したい程に、ズケズケ言うのは吉富の方だ。しかし、吉富の言葉も尤もで言い返す言葉が見つからない。
それに、フッと笑う吉富に、まるで心を見透かされているようで頭に血が上り羞恥に顔が赤く染まる。水を飲んで頭を冷やそうとテーブルの上にあるコップを取った。
「あ、美幸ちゃん、それは!」
間違って吉富のグラスを手に持った美幸は、氷の入った水だと思って一気に飲み干してしまった。
テーブルの上には既に何度も注文した飲み物の残骸が並んでいる。水の入ったコップも当然あるが、ウイスキーやウォッカなど強めのアルコールのコップも入り乱れて並ぶ。
「あーあ、それ、注文したけど度数が強いから結局飲まなかったんだよね…………困ったな……」
一気にアルコールが体内へと流れ込んだ美幸は、胃の中から焼けるような熱が込み上げ、それが頭まで直撃した気分だ。脳天を何かで貫かれ意識が持っていかれたように美幸の目が虚ろになる。
「年頃の女の子が良いのかな、そんな顔して。 狼さんに食べられるよ?」