好きにならなければ良かったのに

「あー? 誰が狼だって?」

 完全に目が据わっている美幸。どう見てもこれは何度もこれまで目にしてきた光景だ。新入社員時はよく上役の社員に飲みに連れ回された。酒を浴びるように飲む上役に嫌と言うほどに絡まれた。

 そんな懐かしい頃を思い出してしまった吉富の口からは立て続けに溜め息が出る。

「飲まないなら店員に下げてもらえば良かったかな」

 さっきまで正座して姿勢を正して座っていた美幸が、胡座を掻いて座り両手をテーブルの上に置いてはパンパンと叩く。

「美幸ちゃん、水を飲もうか?」

 美幸の酔いを何とか覚まさせようと水の入ったコップを渡そうとする。しかし、ギロリと睨み付ける美幸は受け取らない。

「あ、要らないのね、あっ、そう」

 酔っ払いには必要以上に話しかけないのが一番だと、上役の相手をした時に学んだ。だから、ここでも美幸の様子を見ているだけで特に何かすることはない。

「吉富!」
「はいはい…………いきなり呼び捨てか」
「『はい』は一回でよろしい!」
「はい、はい……」

 つい、呆れ口調で「はい」を二度言うと『しまった』と言う顔をして美幸を見た。酒に呑まれた美幸が暴れないだろうかと心配になり、恐る恐る美幸の顔色を窺う。

 すると暴れるどころかニヤリと笑い気味悪いほどに微笑む。

「あー、美幸ちゃんの笑顔はドキドキものだよね。俺、スッゲー怖いよ、今の美幸ちゃん相手にするのって」

 水の入ったコップを手にした吉富は、水を飲むと大きな溜め息を吐く。この酔っ払いをどうしたものかと悩み始める。

「もうお家へ帰った方が良さそうだね、聞きたいことあったんだけど。次回にするよ、ね」
「なーによ、聞きたいってー? えー? なんらの?」
「昼間の件だけどね、こんな酔っ払い相手じゃまともな答えは出ないだろう。帰るとするか……」

 腰を上げようとする吉富の目に入ってきた美幸の泣き顔にギョッとする。さっきまで偉そうな態度をした美幸が泣き始めたのだ。

「らによ、吉富もはるみちゃんら、すきなのー?」
「はあ? この酔っ払いめ」
「れも、らめなんよー、はるみちゃんらね、こーじのロレなんらからー」
「何言ってるんだか…………」

 確かに吉富の耳はハッキリと今の言葉は通じた。晴海は幸司のモノだと言う美幸の言葉が。

 吉富は酔って動けない美幸を肩に腕を回しかつぎ上げると店を出ていく。

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