好きにならなければ良かったのに
「だけど、新人研修後の配置はまだ言われてないのに」
「課長は君を他の女性社員と同じ様に事務補助にするつもりだろう。ならば、私の下でやってみないか?」
突然の香川の意外な申し出に戸惑う美幸だが、あまりにも魅了的な申し出に心が動かされないわけがない。営業成績が断トツトップの香川の下で働くのは、この会社を知るには最適なポジションだし、何より香川との仕事は楽しそうだ。
新人研修で受けた説明の中で、今、企画中の商談などの話も聞かされた。それが美幸の眠る野心とでも言おうか、これ迄感じたことのないワクワク感に心を弾ませている事に気付いた美幸は、香川の下で一緒に仕事をやってみたいと、純粋にそんな気持ちが膨れ上がっていた。
「でも、勝手にそんなことが出来るのですか?」
「これまで私をサポートする女子社員がいなかった。それを置くだけの話だ」
「けど……」
美幸は言葉に詰まってしまった。もし勝手な行動に出れば幸司にますます嫌悪されそうで。ここは、あまり幸司を怒らせたくないと、今の幸司との距離感に頭を痛める。
「この前、サンプル用に渡した企画書のミスを訂正してくれたのは君だろう? あれは、君がこの仕事を楽しいと思ったからじゃないのか?」
「気付いていたんですか?」
「悪いが、君を試させてもらった」
香川のセリフに美幸は心臓がドクンと脈打つ。『試す』と言う言葉が妙に美幸の脳裏に反応してしまう。幸司との辛い生活の中でそんな人を傷つける様なセリフに敏感になってしまっている。
俯いた美幸は首を横に振ると自分のデスクへ戻ろうとした。すると、横から吉富が口を挟んでくる。
「だったら俺と組まない? 美幸ちゃんさえ良ければ」
「え?」
仕事をしていた筈の吉富がデスクから立ち上がり、香川と美幸の方へと鋭い視線を向ける。いつものおちゃらけな吉富と打って変わったその姿に美幸は戸惑う。
「吉富、横から口を挟むな」
「香川先輩、ズルいですよ。美幸ちゃんを欲しいのは先輩だけじゃないんですよ」
予想していなかっただけに吉富の突然の発言に、香川は明らかに戸惑っていた。営業成績二番手の吉富は、私生活はあまり誉められた噂は聞かないが、仕事は真面目に熟し得意先からの信用も高い。
「先輩は一人でも断トツの成果を挙げられるんだ。ここは、二番手の俺が美幸ちゃんを貰いますよ」
「勝手にお前らで配置先を決めるな」
出勤してきた幸司が営業課へと入ると同時に二人を睨み付ける。