好きにならなければ良かったのに

 課長席へと向かった幸司の所へ香川が早速やって来る。吉富は出遅れてしまったと舌打ちしては自分の席へ戻り、幸司に直談判する香川の後ろ姿を眺めている。

「大石を私の事務補助につけて頂けませんか? 私にもサポートする事務が必要です」
「しかし、これまでは、邪魔になるから補助は要らないと話していたのに。急に何故だ?」
「仕事が煩雑になりすぎて私一人の手に負えなくなりましたので」

 尤もらしいセリフを言われると幸司はその言葉を無下には扱えない。一方的に香川の要望を却下出来なくなる。
 腕を組んで暫し考える幸司を見て、吉富は慌てて幸司の前へと駆け寄る。

「それなら課長、私も条件は同じですよ。香川先輩は几帳面で責任感があって得意先にも信用がある素晴らしい営業マンですよ。そんな完璧な香川さんより私の方がサポートが必要だとは思いませんか?」
「吉富君、今は香川君と話をしている所なんだ。口を挟まないで欲しいんだが」

 完全に吉富を無視する幸司は、机の引き出しから資料を取り出しそれを香川へと渡す。
 美幸との一件を根に持たれての仕打ちかと頭に血が上った吉富は、香川へ向けられた資料を横から取り上げる。

「何をするんだ、吉富」

 いきなり声を荒げたのは香川だった。幸司は吉富の顔を見るとフッと笑みを浮かべる。

「課長、ちょっと子ども染みていませんか? この前の仕返しのつもりですか?」
「何の事だ? 私は仕事の話を香川君としているのだが?」
「へ~、俺はてっきり課長が嫁さんを横取りされて怒ってるのかと思いましたよ」

 ニヤリとした顔をして幸司に突っかかる吉富。そんな吉富の態度に呆れているのは香川で、大きな溜息を吐いては吉富を蔑んだ目をして見ている。

「そんなことだから万年2位で終わるんだよ、吉富。お前の方こそ少しは大人になれ」

 香川のセリフに反論できない吉富は、チェッと舌打ちしてはかなり不機嫌な態度で自分のデスクへと戻る。そんな吉富を幸司も溜め息交じりで見ている。

「あの資料は後で目を通しておいてくれ。得意先からの要望書でね。日下が得意先から指名を受けて作ったものだ」
「分かりました。それから、大石の件はよろしくお願いします」

 香川の要望には返事をせずに無言のままでいる幸司。自分のデスクへと戻って行った吉富が美幸と会話をしている光景が目に入ると、幸司の口元が少し歪んでいた。

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