好きにならなければ良かったのに
始業時間が近付くと、次々と社員らが出勤してくる。その中に晴海の姿もあり、幸司は晴海の姿を目で追っていた。そして、いつもと何ら変わりない姿に溜め息が出ると、しばし物思いに更けている。
美幸が入社してからと言うもの、連日、幸司には頭の痛い出来事ばかり。問題を次々と抱え込み、それらをどう扱うのか、溜め息の絶えない日々に胃が痛くなりそうだった。
香川からの再三の申し出に、正当な理由を述べられれば、いつまでも無視は出来ない。香川が欲しがる美幸の配置をそろそろ決めなければならないと思うと、自分に相談もなく入社した美幸を恨めしく思う。
「香川君」
「何でしょうか、課長?」
最後の新人研修へ向かおうとする香川を幸司が呼び止める。美幸と佐々木は、呼び止めた幸司へと視線が移る。
美幸の視線を感じた幸司はつい美幸の表情を見てしまう。美幸が何を考えているのか、幸司には一向に分からない。それだけに、美幸の一挙手一投足が気になっている。
「課長?」
「ああ、悪い。少し考えさせてくれ」
「え? 企画の件ですか?」
「いや、事務補助の件だ」
前回のような脅し文句は無くなり、純粋に業務の一環として返事を貰うと、香川の表情は穏やかになり「構いませんよ」と返事を返す。
「二人とも何をボッーとしている。最後の研修を始めるぞ、早く来い」
営業部から香川と一緒に美幸らも出ていく。美幸の後ろ姿を見つめる幸司は、思い詰めたような顔をしてデスクに座っている。
何処か落ち着きのない幸司に、晴海もまた心穏やかではなかった。
「課長」
まだ、美幸らが出ていった戸口の方を見ている幸司。魂が抜け出たのではないかと思えるほどに呆けている。
「課長!」
幸司が美幸の後ろ姿に気を取られている様に見えた晴海は声を荒げてしまう。その声に驚いた営業部の社員らが晴海と幸司の方を見る。
幸司の前に立ちはだかる晴海の様子が、いつもとは違う苛立ちをみせると、周りの社員らは息を飲んで二人の様子を窺っている。