好きにならなければ良かったのに
食事を済ませ早めに入浴も済ませた美幸は、ドキドキしながら寝室のベッドに腰掛けて幸司がやって来るのを待っていた。
風呂に入ってベッドで待てと言うのは、きっとそう言う意味なのだろうと胸を逸らせる。愛人の晴海の存在があっても、やはり幸司から求められたら断れない。
朝目覚めた時に、隣で眠る幸司の寝顔を見たら嬉しくて胸の鼓動が早まる。どんなに晴海を愛していると言われても、抱き締められる幸司のその腕にどうしても期待してしまう。
もしかしたら、幸司の気持ちが少しずつ自分に向いてくれるのではないかと。淡い期待をしたいし、しなければ胸が張り裂けそうになる。
「まだかしら?」
階段を上がってくる幸司の足音。この何年もの間、ずっと聞いてきた足音。今か今かと待っているが、一向にそれらしい音は聞こえない。
「気が変わったのかしら……」
壁にかかる時計の針を見ると、既に時間は夜九時を回っている。明日も仕事だと考えるなら、そろそろベッドへ入っても良さそうだと溜め息を吐く。
すると階段を上がってくる足音が聞こえた。ミシッミシッと床の軋む音が耳に入ると、胸のドキドキが大きくなり張り裂けそうになる。
「ああ、どうしよう……」
落ち着かない気持ちを何とか抑えて、ベッドから立ち上がると室内をウロウロとしてしまう。けれど、幸司の足音にしては少し重みが足りない軽い足音だと気付く。
「違うわ……」
幸司ではないと分かった美幸は、ベッドへと行くとそのまま寝そべってしまう。
ドアをトントンと叩く音に、やはり幸司ではなかったと気落ちする。
開いたドアから顔を出したのは、やはり使用人で幸司ではなかった。
「あの、奥様。旦那様からのご伝言です」
「……伝言?」
待っていろと言われ、入浴を済ませ逸る胸の鼓動を抑えながら待っていたのに。使用人に伝言させるなんて、きっと、気が変わったのだろうと美幸は伝言を聞かなくとも分かっていた。
「急用が出来たので先にお休みくださいとのことです」
「そう、分かったわ。ありがとう」
使用人は伝言を伝えると寝室を出ていく。ドアが閉まったのを確認すると、ベッドへ上がり座り込み枕を掴む。顔を歪めて唇は震え、目からは涙が溢れ出す。
「急用って何よ! 最初からそんなつもりはなかったのよ」
枕を壁に向かって投げつけると「わあっ!」っと声にならない声を上げて大声で泣き叫んだ。